第2話
マラソンを走り終えて、着替えもしていない人と飲食店にいるのは居心地が悪いなんてものではない。常識を疑われるのはいっしょにいる私もだ。そんなことは全く気にもしない人は、スマホをいじりながらものすごいスピードでカロリーを吸い込んでいく。
「うわぁ!どうしよう、ルナ……」
突然姉が叫ぶが、よくあることなので、わたしはあわてず尋ねる。
「どした?」
「昨日いただいたもののカロリーを計算していたんだけど、今走って消費した分より多かったよ」
「あさひ、いつも自分が食べたものの量を覚えているの?」
「健康管理は大事でしょ」
なら食べる前にもう少し考えたらどうだ。
「走った距離は40kmくらいか。体重1kgあたり1km走るごとに1kcal 消費として…… 」
「人前で計算しないで!体重バレる!」
その姿で人前でお茶するのはいいのか。
「じゃあさ、今日はわたしがヘルシー食を作ってあげようか?」
そうすれば、こいつを家に帰せるしな。
「いや、わたしが作る」
「じゃあ手伝うよ。まず家に帰ろうか」
「うん、そうする」
と言ってカフェを飛び出す。どうやら家に帰すことには成功した。しかし、そっちは駅とは反対方向だ。
「ちょっと、地下鉄はこっちでしょ」
「走って帰るから。先行ってるね!」
地下鉄と競争する気らしい。
わたしは今、職場の近くでひとり暮らしなので、実家に戻るのは久しぶりだ。さっきまでいたカフェから、地下鉄を乗り継いで3駅、駅から徒歩3分の小さなマンション。そこがわたしたち姉妹の育った家だ。今も母と姉はここで暮らしている。
カギを開け、玄関に入る。シュークローゼットからスリッパを出し、姉の分も並べようとすると、
「お帰り~」
と地下鉄に勝利した者の声。マジか。優勝おめでとう。
「ヘルシーカレーでいい?」
「じゃあそれで。てか、まずシャワー浴びて。そのまま食品扱うのはダメでしょ」
「じゃあご飯炊いておいて。5合でいいよ」
いいよ、じゃない。誰がそんなに食べるんだ。まあ、逆らってもしかたないので手伝うことを聞く。
「玉ねぎはみじん切り?」
「それは冷凍したのがあるからいい。他の野菜を適当に切っておいてくれると助かる」
姉がシャワーを浴びている間に、お米を研いで炊飯器のスイッチをいれる。冷凍した玉ねぎはレンジで解凍して、ニンジン、ジャガイモを小さめに切り、枝豆、コーンは冷凍物。お肉は豚挽き肉があったので室温に戻しておく。
10分もすると姉が戻ってきた。女子のシャワータイムにしては短いな。
「ありがと。あとはやるから座って待ってて」
「じゃあ、せめて洗い物はやるよ」
姉は料理が上手い。特別美味しいものを作るというより、あるもので適当に作る能力がすごい。そして速い。流れるような所作は美しい。その姿を見ているのが好きだった。今日は久しぶりに堪能させてもらおう。
フライパンに油を引き、玉ねぎを炒める。その間にレンジでジャガイモを加熱、同時に小さなフライパンではベーコンを焼く。あっという間に飴色になった玉ねぎに挽き肉とニンジンを投入。さらに炒めながら、その間に仕上がったジャガイモをボウルに放り入れてつぶす。少し冷ましている間にキュウリを刻んで塩で揉む。ベーコンがいい感じに色が変わって香りが立ってきたところで取り出し、ジャガイモの入ったボウルに入れ素早く混ぜる。カレーのフライパンには枝豆とコーンも入れて、クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン、4種のスパイスを順番に入れながら手際よく炒めつづける。よい香りがキッチン全体に広がるころ、水を入れ煮込み開始。ここまで約20分。その間に出た洗い物はわたしが全部片付けていく。
キュウリから出た水を切ってボウルに入れ、コショウを振り入れマヨネーズで和えればポテトサラダの完成。カレーはもう少し煮込む必要があると判断するや、洗い終わった方のフライパンでは豚バラを焼き始める。油は引かずにじっと待つ。待っている間に漬け込んであった鶏モモ肉を冷蔵庫から取り出し、小麦粉と片栗粉をまぶしておく。焼き上がった豚バラを取り出したフライパンは、洗わずに油を注ぎ足して鶏モモ肉を揚げる。その間にカレーは火を止めルーを割り入れる。唐揚げが揚がるころ、ご飯が炊けたメロディがなる。
食卓を整え、ポテトサラダを盛り付ける。ご飯をお皿に盛り、いい色に焼けた豚バラ肉をのせ、少しだけ塩を振り、その上からカレーをかけて、鶏唐揚げをトッピングすれば、3種のお肉のカレーとポテサラのセットが完成だ。その時点で洗い物も終えている。
いただきまーす!
「美味!」
マジで美味しい。しばし無言で食べつづけるが、料理中ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「ものすごく美味しいんだけどさ」
「ありがと」
「これのどこがヘルシーカレーなわけ?」
「え、なんで? どうみてもヘルシーでしょ」
「いや、お肉の量とかすごいし、油もけっこう使ってるよね」
しかもご飯は姉の分だけ超大盛りだ。5合炊いたご飯が無くなっているゾ?
食べる手は止めずに姉が答える。
「母さんが高血圧じゃない?」
「う、うん?」
「高血圧の人は1日の塩分を6グラム以内にするのがいいんだって」
知ってる。それ私の専門分野だ。それよりカロリーどこ行った。
すでにカレーもポテサラもほとんど平らげていた姉は、満足気に微笑む。お腹が満たされたときの笑顔は可愛いな、あい変わらず。
「このカレーとサラダで、ひとり分の塩分が2グラムなんだよ。3食これでも1日の塩分は6グラムなの」
いや、だからカロリーは……。
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