破魔ノ対狐

銀樹

第壱章 狐火神社の護影獣

黒狐の憂鬱

 ここには夏が来ない。……今更だが、その事実を理解した。


 俺達兄弟がここへ来たのは、今から丁度一ヶ月前の事だ。

 何故、俺達がここへ来たのか。その理由を説明する前に、俺達が何者なのかを話させて欲しい。


 俺の名は黒狐こっこと言う。弟の名は白狐びゃっこ。名前からして気付いていると思うが、俺達は人間ではない……かと言ってただの獣でもない。

 俺達がうまれたのは、元日の夜が明けはじめた頃だった。

 父は、この世界を護る神々のまとめ役〈大御神おおみかみ〉の地位についている稲荷神いなりしん。母は、そんな稲荷神を祀る神社の元巫女。つまり、俺達は半分神、半分人間なのだ。

 普通は神と人間が結ばれるなんて事はありえない。……いや、前代未聞だ。

 それに、神に仕える者の中には階級がある。宮司ぐうじ禰宜ねぎ権禰宜ごんねぎ。母がこういった上級職だったらまだ良かったんだろうけど、巫女という身分はあまり高くない。両親が結婚を神々に知らせた途端、神界しんかいに衝撃が走った。

 『なぜ稲荷神は人間を選んだのだ!』

 『しかも、巫女などと。』

 『おかしな力で稲荷神を騙しているのでは?』

 母が俺達を妊娠するとさらに神界は大混乱。俺達を〈魔ノ対狐まのついこ〉と呼び、母もろとも俺達を暗殺しようと考える者も出てくるほどだった。

 けれど、俺達が生まれたことで、神界の混乱はあっけなく収まることになる。

 俺達が生まれたと同時に、世界中の神社や祠が真っ白な光を放ち、その周辺に漂う怨念まみれの魂が全て消滅。

 その光を浴びた植物や動物はいきいきと成長し始め。

 神社で働く者はみな笑顔が絶えなくなった。

 その光景を見た神々が驚き父の元に向かい、光が満ちた訳が俺達だと分かって畏れ、平伏した。

 この一件で〈魔ノ対狐〉なんて噂は消えて無くなり、あっという間に〈魔を破る対狐=破魔ノ対狐はまのついこ〉として俺達は敬われるようになった。命の危険などない、穏やかな一生がはじまる。


 時は流れて……。

 暗殺の危機を乗り越えた俺達は、普通の神よりはゆっくりと、普通の人間よりは早く育っていた。今は人間の歳で言うと、十六、七歳くらい。神の血が流れていれば必ず与えられる〈神力じんりき〉も、鍛錬のお陰か強くなってきている。

 最近は地上にときどき降りて、生きる者達のために力を使う事も許されはじめた。最高神である父ほどではないが、地上の者もそれなりに信仰してくれている。毎日がとても楽しく、誰かが喜ぶ顔を見ていると鍛錬の疲れも吹き飛んだ。そう、この日々に俺は、俺達は、満足していたんだ。


 しかし、穏やかな日々は続かない。

 ある日突然、父は『半神半人でないと出来ない』という使命を課した。

 『数百年ほど前から地上に謎の悪霊が現れるようになった。神にも、人間にも退治が出来なかった。私の力すら効かなかった。神社を巡って旅をして、結界を守り抜くのだ。』

 この物語はここから始まる。


で、最初の神社がここ、狐火きつねび神社。

〈大御神〉の次に階級が高い〈四季ノ神しきのかみ〉のうち、〈春ノ神はるのかみ〉がおさめている場所のひとつだ。……しかし、そんな場所なのに、神社がある島全体が何者かの呪いによって秋と冬を百年も繰り返している、というのが問題らしい。

 たしかに、文月のはじめに来た時には木枯らしが吹き荒れていたし、葉月の今では一面雪景色。毎日うんざりするほど雪ばっかりなのだ。

 けれど、それ以外は何も起こらない。怪しい気配もしないし、呪いの原因も見当たらないのだ。せいぜい来るのは消えかけの人魂とか、何かの影みたいな塊ばかり。

 そのくせ、無駄に寒くて、体力を消耗してしまう……。


 「神界に戻りてぇー! 」

 俺は今日も大きく息を吐いた。

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