第3話 追い詰められたのは

「はぁ、夜風が涼しい」



 春とはいえ、会場内の熱気にあてられたせいで風が心地よかった。

 バルコニーの手すりに体重を預けて踵の負担を減らした瞬間、背後から声をかけられた。



「やっと来たか」



 窓から漏れる光が当たらない場所から聞こえた声。



「その声……、セドリック様?」



 振り返ると、そこにはセドリック様だけでなくシリル様とユーグ様も揃っていた。

 会場に戻るための窓に立ちふさがるように立つ三人。



「ふふ、私の声を覚えていたのか。どうやら私に会わなかったのは君の意思じゃなかったようだね」



 何を言っているんですかね、この人。



「アデライト! 最初に結婚したのは私だろう!? 君も成人したし、もう愛人を作るつもりはない、だからやり直そう!」



「シリル様……」



 作らないじゃなくてですか、それ以前の問題でしょう、頭おかしいんですか?



「アデル、あの時は長年の想いが叶うと思って舞い上がっていたんだ、二人ではなくどうか俺とやり直してくれ」



「ユーグ様まで……。次の結婚相手が見つからないから私も同じだろうと声をかけに来たというのはわかりました。ですが私はあなた方とやり直す気は一切ありません」



 背筋を伸ばし、三人の目を順番に見てはっきりキッパリと言ってやった。

 これまでこんな風に真正面から私の意見を聞いた事が無かった三人は、先日の両親とエミリーのようにポカンとしている。



「そんな事を言っても君と結婚しようと思う男なんていないだろう? 結局私達の誰かと再婚するしかないはずだ」



 シリル様の言葉に、私の中で何かが弾けた。もしかしたら堪忍袋の緒というやつだったのかもしれない。



「……私の結婚にケチが付いたのは、最初の夫であるシリル様、あなたが原因だっておわかりでしょうか? 白い結婚だから愛人を作る? そこはせめて娼館に通うだけで済ませるべきでしょう!? 情を寄せる愛人と! お仕事で相手をする娼婦では雲泥の差です!! だから狂言妊娠なんかに振り回されたんでしょうが!」



 ビシッと指を差して言ってやった。



「ははは、もうアデライトの事は諦めたまえ、ガティネ伯爵令息」



 セドリック様が笑いながらうなだれるシリル様の肩をポンポンと叩いた。



「お言葉ですがセドリック様。結婚式後に駆け落ちしたあなたがシリル様をとやかく言う資格はありませんよ。しかも二年もの間、持ち出した金品を元手に事業を起こすわけでもなく、何か他に仕事をしたわけでもなく、ただ使い潰してお相手に棄てられた甲斐性無しと誰が結婚すると? あなたには侯爵家を継がせられないと侯爵様がおっしゃった事は有名でしてよ。弟さんがいらしてよかったですわね」



 腕組みをしてツンとそっぽ向いて言い放つと、セドリック様は暗がりでもわかるくらい顔を真っ赤にして拳を震わせている。

 次は自分の番だとばかりにユーグ様が一歩前に出た。



「俺はずっとアデル一筋だっただろう!? あの日から毎日後悔していたんだ、どうかもう一度俺の妻になってくれ!」



 最も私に執着しているのはこのユーグ様だろう、だけどあの時の彼の行動は未来を予測させるには十分だった。



「『もう俺の妻なんだからおとなしく言う事を聞け』、そんな事を言う人が後悔しているとは到底思えません。後悔しているとしたら失敗した事であって、私に対する反省の気持ちからではないでしょう? いくら一途であっても、押さえ付け続けられる人生がわかっているような方とは真っ平ごめんです」



「く……っ」



 悔しそうに顔を歪めたユーグ様は、後ろの二人とアイコンタクトを取ってニヤリと笑った。



「このバルコニーのすぐ横には休憩室が並ぶ廊下へのドアだ。純潔でなくなれば俺達の誰かと結婚するしかなくなるだろう?」



「は!? 正気ですか!? 大体それでも結婚できるのは一人だけじゃないですか!」



 話しながらこの場を切り抜ける事を考える。

 三人をどうにかしないと会場内には戻れない、私はそっと腰を落として右足を下げた。



 まず正拳突きでユーグ様の鳩尾みぞおちに一発、位置的に掴みかかって来るであろうシリル様の手を下段払いで防いで猿臂えんぴ(肘打ち)で顎先を狙って脳を揺らしたら、後ろ回し蹴りをセドリック様の頭に。

 よし、これで会場内へ逃げられるはず。



 いやらしい笑み浮かべてジリジリと近付く元夫達。

 間合いに入った瞬間やってやる、そう思って息を吸い込んだ瞬間、バルコニーの上から先程会場で見たマントが落ちてきて視界がいっぱいになった。



「アルトワ将軍……!? なぜここに!?」



 動揺するセドリック様の声。

 その時になって初めて元夫達と私の間にアルトワ将軍が立っていると理解した。



「いやなに、夜風に当たろうとしたらいっぱいでな、陛下に許可を貰って上の階のバルコニーにいたのだが……。随分と興味深い話が聞こえたもので下りて来てしまった」



 そう言ってアルトワ将軍は上のバルコニーを指差した。



「それに……こんなに注目を浴びているのに大胆だと感心したぞ」



 アルトワ将軍にならって隣のバルコニーを見ると、興味深そうにこちらを窺う貴族達が鈴なりになっていた。

 え、ちょっと待って、いつから見られていたの? もしかして私の啖呵たんかも聞かれてた?

 一生独身が決定したかもしれない、心の中で両親に謝っていたら、目の前に微かに震える大きな手が差し出された。



「勇敢なご令嬢、よろしければ俺……私と一曲いかがですか?」



 驚いて顔を上げると、ガチガチに緊張しているとわかる眉尻から顳顬こめかみにかけて切り傷のある赤い顔。



「ふふ、よろこんで」



 もしかして会場で出していた威圧感は緊張のせいだったのだろうか、その見た目とのギャップに思わず笑って手を取ってしまった。

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