第2話 王宮のパーティー

 翌日、遅い朝食を済ませて自室でくつろいでいたら、にわかに門の方が騒がしくなった。

 今お父様はお仕事で王宮に行っていていない、主のいない屋敷に約束どころか先ぶれすらなく訪問するなんてありえない。



 訪問者は恐らく元夫の誰かだろう、そう思って窓の外をレースのカーテン越しに覗くと、三台の馬車が門の前に停まっていた。

 馬車についている家紋には見覚えがある、まさかの元夫が全員集合しているようだ。



 もしかしたらお父様が王宮に向かったから来たのかもしれない。

 同等以下のシリル様とユーグ様はともかく、侯爵家のセドリック様を止めるのは不敬になるから門番では厳しいかも……。



 駆け落ちした時にギレム侯爵家が除籍してくれていたら面倒はなかったのに……チッ。

 どうやら門番は押し切られてしまったらしく、ギレム侯爵家の馬車が敷地内に入って来た。

 セドリック様が牽制したのか、シリル様とユーグ様の馬車が入って来る事はなかった。



『お嬢様、奥様がお部屋から出ないようにとの事です』



 ドアの外からエミリーの声が聞こえた。



「わかったわ。だけど無理はなさらないようにとお母様に伝えて。あと王宮にいるお父様へお知らせするように」



『はい……、では失礼します』



 私がこういう指示をしたのは初めてだったせいか、エミリーが戸惑ったようだった。

 再び窓の外を見ると、しばらくしてお父様に知らせに行くのか馬に乗った執事の一人が出て行き、その後を追うようにシリル様とユーグ様の馬車が姿を消した。



 一時間ほどしてからお父様の馬車が帰って来て、三十分後にはセドリック様が帰って行ったのが見えたので部屋を飛び出した。

 エミリーと共に応接室へと向かうと、両親がソファに座ってグッタリとしていた。



「お父様、お母様、大丈夫ですか!? セドリック様に何か酷い事を言われたりされたりしませんでした!?」



 もしそうならこちらから乗り込んで精神的にも身体的にもボッコボコしてやる!



「大丈夫よ、アデルに会わせて欲しいとしつこかっただけだから」



「シリルとユーグも王宮を出たところで待ち伏せていてな、戻って来るのが遅くなってしまった。三人共結局は来月開かれる祝勝会のパーティーでパートナーとしてアデライトを連れて行きたいと言いに来たんだぞ! 全く、厚顔無恥とはあいつらのような者の事を言うのだ!」



 お父様がソファの肘掛けにドンと拳を叩きつけた。

 まぁ、あれだけの醜聞が知られているのだから、いくら顔が良くても貴族令嬢であれば敬遠するのは当然でしょうね。



「お父様、これからは私は自分で彼らを撃退してみせますからご安心ください! 彼らは私がおとなしく言う事を聞く女だと思っているから失礼な申し出をしたのだと思います。ですがこれからは違いますから……」



 バチンバチンと掌に拳を打ち付けて気合を入れていたら、これまで見た事がなかった私の行動に両親とエミリーがポカンとしていた。



「おほほ……、これからは生まれ変わったつもりで強くなろうと思ったのです……」



 口元を手で隠して上品に笑ってみたところで、先ほどの行動は無かった事にならなかったようだ。

 いまだポカンとしてる両親を置いて、祝勝会のための準備をすると言い残しエミリーと自室に戻った。



「お嬢様……、余程ユーグ様の行動がショックだったのですね。おとなしく、おしとやかだったお嬢様があのような事を言うなど……」



「ま、まぁそうね。だけどそれより祝勝会の準備をしなければならないでしょう? 三年も続いた戦争が終わったんですもの。今回の功労者であるアルトワ将軍は今二十八歳なのにまだ独身なんですって、年頃の王女様がいらっしゃったら褒美に結婚を許されていたかもしれないわね」



「ですがアルトワ将軍のお顔には大きな傷があるとか。恐ろしい顔をしているからいまだに結婚ができないともっぱらの噂ですわ」



 想像したのか、エミリーはブルッと身体を震わせた。



「だけど将軍という立場上、後ろ傷ならともかく、向こう傷は勲章じゃなくて? 自分よりか弱い者にしか強く出られない人に比べたら何倍もマシだわ」



 将軍の姿は出陣式の時に遠くから後ろ姿を見ただけだが、遠目でもわかるくらいたくましい身体をしていた。

 当時の私は大きな身体の男性が怖くて近付く事は無かったため、将軍の顔をはっきり見た事は無いが。



 今回の祝勝会でパートナーがいたら、それはそれで社交界の噂を大いに盛り上げてしまうだろう。

 その後、なんとか元夫達をやり過ごし、祝勝会は両親と共に参加する事になった。



 パーティー当日、久々に妻と娘の両手に花状態でお父様はとてもご機嫌だ。

 出戻りだとあなどられてはならないと、メイド達が気合を入れて準備してくれたおかげで我ながら素晴らしい仕上がりだと思う。



 会場に入った時は好奇の目を向けられたりしたが、王族や将軍ら功労者が鮮やかなマントをひるがえして姿を見せると誰もが興味を失ってくれたようだった。

 褒美の金品や陞爵が告げられるたびに歓声が起こり、功労者の誰もが多くの貴族達に囲まれていたが、将軍だけはその身にまとう威圧感のせいか挨拶が終わった今、周りは部下だけだ。



 幸い元夫達も見当たらないし、久々のヒールで足が限界だったので給仕が勧めてくれた人がいないバルコニーへこっそりと出た。

 しかし出る前に気付けばよかったのだ、パーティー会場で人のいないバルコニーがあるなんて不自然だと。

 給仕が勧めてくれたのは……、誰もいなかったのは……、元夫達がそう仕組んだからだったと。

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