Tale 8 (Dec. 18) 占いについて


 いい子・わるい子占い。


 鹿はらていの実質主人たる鹿乃原そまりが考案した占いのようなもの。決まったルールはない、もとい、占いのたびにルールは変わる。丁か半かのように結果がふたつに分かれるゲームをして、Aなら〝いい子〟、Bなら〝わるい子〟。この場合、占われるのはプレイヤー、つまり毎回そまり自身がいい子かわるい子かを占っている。


「じゃあたとえば、その……人にモノを投げるとかは?」

「当たればその人がケガをするので〝わるい子〟、当たらなければ〝いい子〟です」

「占いって言うんすか、それ……なんでまたそんなしちめんどいこと……」

「わたくしめも正確な理由までは」


 うめくヒタキにフリフリエプロン姿のいくはるこうもそれとなく同調する。「ただ、ご自分が他人ひとさまにとって〝よき人〟であるなら、他人様に迷惑をかける運命にはないものと固く信じておられるようです。ですから、ご自分を占うのでありながら、人を使って結果を出すことにもこだわっておられます」

「タチが悪すぎるっしょ……!?」

「実際、わたくし以外の使用人はみな自主退職を」


 どうりで、とヒタキは声には出さずこの広い屋敷を紅菜ひとりで切り盛りしていた理由に苦い顔をしながら胸の内でひとりごちていた。ただでさえモノにあふれていて安全に気を使う上にいつ自分狙いのモアイ像が階段を転がってくるか気が気でない職場で、たとえ時給がよくても働きたくはない――と納得しかけたところで、ヒタキは不意に自分がここまで来た経緯に気がついた。


「あれ? ……もしかして、日給三万って、危険手当も込みって意味……?」


 神妙な顔で紅菜はヒタキを見つめている。否定されないことでヒタキは顔をひきつらせた。


「警告をおこたったことについては、謝ります。そまり様はお屋敷から出たがりませんので、屋外作業員であればお手をお出しにならないだろうとも考えていたのですが――」


 紅菜は気落ちしたように一度目を閉じて、またひらいた。「端柏はながしわさん。いまここで辞めていただいても結構です。日給満額と、謝礼の上乗せをお支払いします。たいへん申しわけありませんでした」

「いや、まぁ……」


 手をそろえて腰を折った紅菜を見て、ヒタキはお好み焼きに使っていたフォークで頬をかく真似をする。筋としてはヒタキは憤然として退職の意を叩きつけるところなのだろうが、異例なことばかり重なって自分がいまどんな気持ちなのかもわからなくなってしまっていた。しいて言えば釈然としない。あの妖精にもクリスマスにも気を使ってやるつもりは一切ないが、本当に金だけもらって帰るべきか……と、気もそぞろに意味もなく視線を横に流したところで、厨房の入り口のかげで動くものに目がとまった。


 ヒタキの目の動きに向こうが先に気づいたらしく、丈の長い上着の裾がひるがえって廊下に消える。ただ、髪かかぶりものか、一瞬見えた青いリボン付きの真っ白な後頭部は、ヒタキが思っていたよりもずいぶんと小ぢんまりとして、そして低い位置にあって、それを見たヒタキの頭の隅にはピンと来るものがあった。



 自然と口角が持ちあがるのを感じながら、ヒタキは紅菜に頭をあげさせる。「ヒタキでいいっすよ。ハナガシワって呼びにくいっしょ?」


 フォークを調理台に置いて丸椅子から立ちあがる。「ごっそさんでしたっ」両手を合わせたあとに片目をあけて改めて紅菜を見ると、今度ばかりは期待したとおりに右の緑も左の紫もキョトンとさせたキレイな顔があった。


「さすがに昼飯と風呂までもらっといて申しわけないんで、もちっとだけやらせてもらえないっすかね? ちょぉーっと考えもあるんすけど」




   ★ ★ ★




 端柏はながしわヒタキは力持ちだ。

 女性にしてはかと訊かれがちだが、そんじょそこらのたいして鍛えてもいない男性とでは勝負にならない。高校時代は文化祭のアームレスリング大会で武道系運動部からの並みいる参加者たちをも蹴散けちらし優勝をもぎ取った。ちなみに所属は中学まで水泳部にいたが高校では洋裁部。妖怪部と呼ばれていたのは半分くらいヒタキのせいだ。


 使用人も体力仕事だろうがができたのはあとにも先にもヒタキ以外では数えるほどしかいなかっただろう。勝手口前の倉庫になぜかいたニッセは口をあんぐり開けて固まっていたし、承諾した紅菜もこのに及んで止めこそしなかったがヒタキがその状態で歩けたことにはマトモに驚いていた。実のところはさしものヒタキも数歩歩いて息があがっていたが高揚しているせいか音をあげる気にならない。勝手口を押しあけ外へ出たところへ降ってきたかなだらいが頭頂部にクリーンヒットしても、景気よく響いた音と全身をビリビリ走ったちょっとした振動に逆に鼓舞こぶされたかのように「ハッ!」ともれたのは勇ましい笑い声だった。


 当然だろう。いまのヒタキは全身に西洋甲冑かっちゅうを着こんでいるのだから。


「いまのは〝わるい子〟かぁ? ケガどころか痛くもねーんだが?」


 天辺からつま先までガシャガシャ言わせながらヒタキはのしのしと屋根の下から地面のあるところまで出ていく。ひさしの外にひっかけた眼鏡ごしに、まだ丈の高いままのやぶのひとつに草の向きが不自然なしょを見つけるや、「いるんだろぉ、なぁッ」とあおるような声を張りあげた。


「来いよお嬢様ァ! ヒタキチくんと占いっこしようぜぇ?」




【クリスマスまであと7話!】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る