第58話

夏期休暇をウインティア王国で過ごし、アトラニア王国に帰ってくると、伯母様のお腹が少しぽっこりしていた。


元々生理不順だったから、遅れていても気にもしなかったみたい。

それが匂いに敏感になり、常にムカムカと吐き気がする事から、医師に診てもらい妊娠が判明したそうだ。


何年も子供に恵まれなかった伯父様夫婦に赤ちゃんが?

本当は子供を見る度に寂しそうにしていた伯母様が今は照れくさそうにしているのを見て、心からおめでとうと言えた。


高齢出産だと不安そうにする伯母様を毎日元気づけながら出産の日を待った。


大きな産声を聞いた瞬間、あの伯父様から涙が溢れた。

伯父様も不安だったのね。


同じ女だからか、私もレイも出産の神秘に感動して涙がでた。


それからは寝ていても、泣いていても可愛くて仕方がなかった。

アランが幼い時もそう思っていた事を思い出した。


その頃に庭師の一人の所に犬の赤ちゃんが生まれたと聞いた。

前世からずっと大好きだったのに、飼いたくても飼えなかった犬が欲しくて伯父様と伯母様にお願いして飼うことを許してもらったの。


見に行った子犬は5匹生まれていたけれど、1匹だけ弱々しい鳴き声でお乳を飲む力もない弱った子犬の瞳を見た瞬間、なぜだかルフランが弱っている気がしたの。


そう思った時には、(この子を私が守らないと)飼うことを決めていた。

絶対に死なせたりしない。

兄弟のどの子よりも大きく強く育てる。


この子の名前をルフランから取ったのも、彼のように大きく強くなって欲しかったから。

それに、彼の瞳と同じ色の瞳だったから。


獣医と相談しながらランの世話を続けた。


2、3時間おきに母犬のところに行って乳首を咥えさせた。最初はなかなか飲んでくれなくて泣きながら「お願い飲んで、お願い」と何度も言っていた。

その内少しづつ漏れたお乳を舐めるようになり、咥えることができた時は泣いた。


ランのお腹がポコッと膨らみ出した頃から少しづつ歩くようになった。

まだ兄弟と比べると全然小さいけれど、獣医さんがもう大丈夫だと言ってくれた。


その頃にルフランから首輪が届いたの。

最初はピッタリだったのに固形物を食べだした頃から体も大きくなり始めた。

そこまで行くとさすが大型犬。

成長が早い。


だからお礼の手紙に催促しちゃった。


毎日、朝ランに見送られて学院から帰ってくるとランが大きくなっている気がした。


私が学院に行っている間に泣いてばかりだったランも、泣かずにお留守番も出来るように

なった。


ルフランから大型犬用の首輪も届いた。

手紙も一緒に。

赤い首輪。ルフランの髪の色。

装飾は金。

犬の首輪にこんな高い物いらないよ。


伯父様と伯母様の子供の名前はルイス。

ルイス・カトルズ。

公爵家の跡継ぎはルイス。


その頃にはウインティア王国に帰ることを考えてばかりいたの。

ランも大きくなったし体も丈夫になった。


伯父様も伯母様もこのままアトラニア王国にいて欲しいと言ってくれたけれど、私がこのままここにいれば揉める原因になるかもしれない。


それにやっぱりルフランに会いたい。

でも断罪されることが怖かったの。

断罪された後私は幸せになったと聞いても不安は消えなかった。


そんな時、アランとレイからゲームの真実を教えられた。


ルフランが王位継承権を放棄してまで私を選んだこと。

ルフランとエリザベートは幸せに暮らしたこと。


そんなはずない!


ゲームのエリザベートだって、ルフランに継承権を放棄させてしまったことに、ずっと責任を感じていたはずよ。


それにルフランは優しから顔には出さなくても、王位を弟に譲って王族の責務を放り出したことで、ずっと心を痛めていたと思うの。


継承権を放棄するほど、そこまで思ってくれているなら私も覚悟を決める。

そんな結果にはさせない。


話を聞いた私の決断は直ぐに決まった。


ウインティア王国に帰るわ。


そして今も変わらずルフランが私のことを思ってくれていたのなら、私がルフランを守るわ。


誰にも私を断罪させない。


ヒロインの『マイ』に嵌められたりしない。

ビッチになんか、アランもルフランも渡さない。



決断してからが早かった。



「1年後にはお嫁に行くのだからわたしも着いて行くわよ。味方は1人でも多い方がいいわ。それにわたしもエリーに助けられたもの」

レイが笑ってそう言ってくれたから素直に甘えた。


手続きをしてもらったり、制服を用意したり、準備が間に合わなくて新学期には少し遅れた。


最後の手続きをする為に編入前に学園に行く事になった。

会えるかどうかも分からなかったけれど、ルフランに食べてもらいたくてお弁当を持って行ったら、通路で誰かが何か言い争っていたけど直ぐにルフランを見つけられた。


ルフランから表情が消えて目付きも鋭くなっているとアランから聞いていたけれど、私を見る目はあの頃と同じ優しい目に安心した。


手を引かれて案内されたのはカフェのテラス。

懐かしいルフランの大きな手はやっぱり温かかった。

この手が大好き。


この甘える姿を私にしか見せないのだと思うと嬉しくなる。


ただ、私の成長した胸を詰め物を入れているのかと聞かれた時は頭にきたわね。

この1年半どれだけ頑張ってきたか、今度こんこんと教えてやる!


それでもルフランといるのは心地良いのも変わらない。

やっぱり私はルフランが好き。


突然抱きしめられた時はびっくりしたけれど、ルフランの変わらない気持ちを感じられたの。


もう、私も気持ちを隠さない。


この気持ちを伝えたらルフランはどんな顔をするのか楽しみだわ。


大好きよルフラン。





お祖母様に照れくさいけれど、私の決断を伝えると泣かせてしまった。


「エリーが諦める恋を決断した時も悲しくて辛くて泣いてしまったけれど、この涙は嬉し涙よ」


そう言って抱きしめてくれた。


「わたくし、ロキシーちゃんに手紙を書くわ!」


お母様もきっと喜んで応援してくれる。

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