ショーケースの踊り子

もんきーみぃ

ショーケースの踊り子


少年は、とある踊り子と出会いました。

街外れの花形街頭の下にある、ショーケースに飾られている美しい踊り子。

黒い髪、白い肌、切れ長の瞳、ふっくらとした唇。

心を奪われた少年は、踊り子と仲良くなりたいと思いました。

ショーケースに近づいて、冷たいガラスに手を付き話しかけます。


あの、あなたの名前はなんていうんですか。


踊り子は黙って少年を見つめるばかりで、答えてくれません。

踊り子の足元には、満月をモチーフにしたプレート。そこには洒落た字体で、MIRA(ミラ)と書かれていました。


ミラ。僕はこの街のはずれに住む子どもです。これからよろしくお願いします。


少年はうれしくなって、坂道や階段を飛び跳ねながら仕事に戻りました。


次の日も、その次の日も、少年はミラに会いにいきました。

ミラが踊り子としてショーをしているときは出会えませんでしたが、できる限りミラのもとに足を運びました。

ミラが少年に笑顔を見せることはありませんでしたが、少年はミラを見ていつも笑顔でいられました。

少年の一日は、仕事をして、病気を患うお母さんの介護をして、ミラに会いにいっての繰り返しでした。

繰り返しでも、少年の日々は輝いていました。

ミラに恋をしているからです。

ミラに会いにいくうちに、少年はミラと会話をするようになりました。


こんにちは。


おはよう。


こんばんは。


おつかれさま。


おやすみなさい。


またあした。


ガラスケース越しから、あいさつをして、他愛もないことを話して、二人の時間をつくりました。

ミラもたくさんのことを少年に話しました。

お金がほしくて踊り子をやっていること。

そのお金があれば、家族を助けてあげられること。

もうすぐお金が溜まるから、踊り子をやめて家に帰れること。

少年もたくさんのことをミラに話しました。

家が貧乏で、小さいころから働き詰めなこと。

たった1人の家族であるお母さんが病気で苦しんでいること。

このまま安い給料で働いていても、お母さんを助けてあげられないこと。

悲しいことも、辛いことも、楽しいことも、嬉しいことも、ぜんぶ話しました。

そうしているうちに、少年はミラともっと仲良くなりたいと思いました。

ミラにふれたい。

そばにいたい。

幸せにしてあげたい。

そのためにはどうすればいいか、考えました。

貧しい少年の財産では、踊り子のミラを買うことはできません。

少年は自分も踊り子になることを決めました。

踊り子になればミラと一緒にいられるし、お金持ちからもらうことができる大金で、お母さんを助けてあげられると思ったからです。


少年はミラがいる店に行って、店主に踊り子になりたいと言いました。

顔がきれいな少年は雇ってもらうことができ、ミラと会える時間が増えました。

新米の少年では、ベテランのミラのように、まだ客寄せをするショーケースに並ぶことはできません。

しかしガラス越しからではないミラの声を聞けるだけでも、とてもうれしくて、毎日が満たされていました。

借金を背負い、家族と離れ離れになってしまったミラの寂しさを、これからも癒してあげたいと思いました。

少年は踊りを練習して、歌を練習して、お金を稼ぎました。

厳しい稽古に疲れ果て、お客さんからひどい扱いを受け、涙を流したこともありました。

それでも、ミラと会えばすべてを忘れられました。


ある日、少年のお母さんの病気が重くなりました。

少年が店主から借金をして医者を呼んだおかげで、お母さんの命は助かりました。

その夜、ミラは少年を褒めましたが、同時に叱りました。


家族思いなのはいいことだけど、借金をしたきみは、私と同じように、もう店から出られなくなる。

もっと自分の人生を大切にしなきゃいけないよ。


少年にはミラの言っていることがわかりませんでした。

ミラと出会えたこと、お母さんが助かったこと。

例えたくさんの借金があるとしても、少年にとってはそれが幸せだったからです。

自分の人生を大切にしたところで、お母さんが助かるわけではないし、ミラをここから出してあげられるわけでもありません。


いいんです。僕はミラとお母さんが幸せになってくれれば、それいいんです。


少年の言葉に、ミラは何も言い返しませんでした。


少年が踊り子になって5年が経ったころ、二人の別れのときがやってきました。

たくさんお金を稼いだミラは、再会を果たし泣きはらす両親に迎えられました。

棺に納められていくミラがはじめて笑顔を見せてくれたような気がして、少年は涙しながらほほ笑みました。

長い間、がんばって家族のために働いてきたミラのきれいな顔を、棺の蓋が閉まりきるまで、ずっと見ていました。


年を取った少年は、もう青年に近づいていました。

そろそろ老いが進まないうちに、自分もショーケースに並ばなければいけません。

血を抜かれて、内蔵を抜かれて、剥製にされます。

おままごとの人形のように扱われます。

お金持ちの遊びは、いつだって悪趣味です。

自分の何もかもを奪われてしまいますが、悲しむことはありません。

ミラと出会って、恋をすることができたからです。

働いたお金で、お母さんにかかりつけの医者を雇うこともできました。

自分の願いを、全て叶えられたからです。

しかし、一つだけ未練があるとすれば。


あの、あなたの名前はなんていうんですか。


ミラだよ。きみは、なんていう名前なの。


剥製ではなくて、きちんと生きていたころのミラと出会いたかった。

そう思いました。


街外れの花形街頭の下にある、ショーケースに飾られている美しい踊り子。

その表情がとても優しいのは、愛する人の夢を見続けているからだと言われています。







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ショーケースの踊り子 もんきーみぃ @kinogenso2022

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