第19話 魔法少女とFPSオタクと初めてのラブホテル



「これがラブホテルかぁ……」


 中層、繁華街の外れ。人通りの少ない寂れた通りにぽつんと立ってるこれまた寂れたビルが、今日の放課後の私たちの目的地。

 ベリアルが言うに、今回の魔物の現れる場所。

 このラブホテルで色々としている皆さんに襲いかかる魔物たちによる殺戮劇場R18とかなんとか。定番な気はする。昔そんな映画を見たような……気がする。

 ただ私たちは、それ以前の問題で立ち往生していた。

 あいにくの雨だから早く中に入りたいんだけど。


「推しとラブホテル……晒されて、殺される……? 流石に今死ぬわけには……だがこの経験でマウントがとれるのでは……? しかしだな……倫理的にだね……」


 隣のベリアルは、すごく胡乱な事をぶつぶつ呟いている。気持ち悪い。でも私もネットを彷徨ってる時とかアニメとか見てる時こういうのあるからあんまり強く出れないんだよね。

 

「ら、ラブホくらいで、な、何キョドってるのよ。ラブホくらいで……」


 ベリアルを挟んで隣のココは、キョドってる。視線が泳ぎまくってるし、顔もちょっと赤い。肌が白いからよく目立つんだよね。そんなにキョドる要素ある?

 でも確かに緊張はする。ラブホテルなんてこう……するところだしね。私も自分の人生にラブホテルに行くというイベントが入るとは思わなかった。初めてはロマンティックな方がよかったなぁ。


「それでどうやって入るの? ラブホテルのシステムなんて知らないよ」


「入り口の近くにあるパネルを操作すればいい。支払いも全部済ませられる。あそこオートメーション化されてるみたいだし、店員とかには合わずに済むと思うよ」


「あ、そうなの? 詳しいね」


「し、下調べくらい普通だし……!! ほら! 早く行こ!!」


 道の反対側にあるラブホテルへ一直線のココについていく。歩きなのにやけに早い。置いてかないでよ。刈り上げた襟足を揺らして自動ドアをくぐったココに続いてラブホテルの中に入る。

 

「歩くの早いよー」

 

「そんなことないでしょ。ミハが運動不足なだけだよ」


「え〜。最近ちゃんと動いてるし」


 最近は、殺人鬼に追い回されたり追い回したりしてる。魔物相手にも同じことしてるし。おかげで最近ご飯も美味しい。だから前よりも運動不足を解消できてる……はず。


「……それもそっか。ごめん。私が悪かった」


「いいよ。それにしても結構部屋あるね」


  入ってすぐの壁一面を占める年季の入った大型ディスプレイには、1から4階各階の部屋の空き状態と内装サンプルが表示されてる。

 

「それでベリアル、どの部屋がいいの? 結構空いてるけど」


「401号室。そこを借りてくれ」


「了解。これが受付のやつね。支払いは……うちのでいいか」


「あっ、私も出すよ!」


 ディスプレイの前にある固定端末を操作し始めたココに、慌てて自分の端末を取り出す。流石にそれは悪い。


「いいのいいの。うちの経費で落とすから」


「けいひ?」

 

「……なんでもない。気にしないで。経費……経費でラブホ……!? え、時間設定? そっか。時間か……」


「休憩、3時間だ」 


「はいはい。よし。部屋取れたよ。さっさと行こ」


『401』というキーホルダーのぶら下がった鍵を見せて、そのままココはエレベーターに向かっていく。せっかちだなあ。お出迎えとばかりにエレベーターがやってきていた。ココの後に私も乗り込むとすぐに出発した。

 雑談をする間も無く、私たちを乗せたエレベーターが目的の階に到着する。


「『401』だったよね。どっちかな」


「こっちみたい」


 足早なココの後に続いて、エレベーターから私も出る。安っぽいカーペットのひかれた廊下は、薄暗い。既に何かが出そうな空気がある。怖いなあ……。魔物が出るって言われてるから気も抜けない。


「ミハ、まだ魔物は出ないから肩の力を抜いていい」


「そうなの?」


「うむ。じっくりラブホの空気を味わってくれ」


「いや、別にそういうのはいいんだけど」


「またまた。思春期の男女はこういうのに機敏と聞いた」


「セクハラで訴えれるよ?」


 そもそも男いないじゃない。

 

「推しに訴えられる!? 前世でどれだけの徳を俺は積んだんだ……!?」


「悪魔に前世も何も無いと思うよ……」


 さっき倫理観で悩んでたのどうなったの?

 

「2人とも部屋あったよー」


「ごめんごめん」


『401』とプレートの貼られたドアを開けて、ココが一足先に中に入っていった。雑談に集中しすぎて、また先を越されてしまった。


「あんまり広くないね」


「安い部屋だからな」


 なるほど。いや、そうなんだ。

 ビジネスホテルよりちょっと広い感じ? ベッドは私たちなら余裕で並んで寝れる。体が大きいと窮屈かも。後は壁際にディスプレイとこれは……何気なく開けたドアは、トイレ。あとお風呂。あ、冷蔵庫もある。何入ってる──って、この自販機……うわ、すご。この下着やば……。え?! これ……入るの……?

 

「それで私たちはどうすればいいの、ベリアル」


 私と一緒に部屋を見回ってたベリアルに、ココが尋ねる。そう私たちは、重要なところをまだ聞かされていない。


「待機だな」


「待機?」


「うむ。魔物の出現には予兆がある。それまで待ちだ」


「そう……」


 溜息を吐いて、ベッドにぼふんとココが腰掛けた勢いで横になった。そうだよね。魔物の相手は命がけ。私と違ってココは特に。緊張もするよね。

 この前の緑の部屋、次はVRゲーム。そしてモノレールの殺人鬼。一緒に戦ったのもこれで4回目だけど、ココは別に変身できるわけじゃない。生身で魔物や殺人鬼と対決する恐怖は私も分かる。


「ね、ココ」


 私もココの隣に仰向けで寝転がる。スプリングがちゃんと効いてるしシーツも綺麗。気を抜くと一瞬で寝ちゃいそう。今日も学校疲れたし。


「なに?」


「お腹空かない? 私は空いてきた」


「うーん、ちょっと空いた」


「ここルームサービスあるみたいだよ」


 ほらほらと部屋を物色してた際に見つけたタブレットに表示したメニューをココの方に肩を寄せて見せる。ココは、少しの間メニューを見つめると。


「……頼んじゃおっか」


「そうこなくちゃ」


「何にする?」


「あっ、ハンバーグとかあるんだ……。ファミレスみたい」


 きゃっきゃとメニューをめくっていると空気が少し明るくなった。よかったなんとかなりそう。

 私がミートスパゲティ、ココがチーズエビグラタン、フライドポテトを注文した。後は待つだけ。

 待つ、だけなんだけど……。


「ひぎぃ♡!? だめ♡! だめ♡! イっちゃう♡! それ一緒にされるとだめ♡!!」


「…………」


「…………」


「だめ♡! だめなのぉ♡!! だめ♡! だめ♡! だめ♡! しゅきすぎて、だめになる♡!!」


「…………」


「…………」


「しゅき♡! それしゅき♡!! イっちゃうから♡!! しゅきぃ♡!! いく♡! いくぅ♡!! あ”♡! あ”あ”♡!! あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡!!!!」


 壁が薄すぎる。

 


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