第13話 FPSオタクと魔法少女とクソゲー
……気まずい。
階段を降りる私たちの間には、気まずく重い沈黙も一緒に降りていた。響いているのは、階段を叩く私たちの足音くらい。
何が気まずいかは言うまでもない。
このデスゲームもどきに巻き込んでしまったこと。
まさかウイルス入りのゲームだとは思わなかった。ログアウトボタンを消去して、ゲームに閉じ込めるなんて悪質すぎる。
定期連絡が途絶えたので誰か気づいてくれるといいんだけど……。
元々、私の銃の腕前を見せて、同行を許してもらうだけだったのに。なんでこんなことになるかなあ。
「ほんと、嫌になる」
聞こえにように小さく毒づいて、先を行くミハの背中を見る。
階段を降り始めてからミハは、口を噤んでいる。その背中で歩くテンポに合わせて毛先を揺らす白髪は、私のヘッドライトが照らされて、うるうるつやつやと天使の輪を作ってる。
「……現実と変わらずVRの中でも綺麗」
VRが凄いのか、ミハの髪が綺麗なのかは兎も角。あの髪色は普通に脱色しただけではでない、純粋な白。元々は黒だったのにここまで真っ白になってる。
――黒霧ミハは、2年前の崩落事故から昏睡状態にあった。目覚めてみると知ってる人も友だちも、家族も原因の事故で全滅。髪は何故か真っ白になってた。さらに1年経ってた。酷い話だよね。
その時、髪も真っ白になった。私は、ビフォーアフターを画像でしか見ていけど。
事故というのは、トーキョーメガフロートのプレート崩落。建造後初だったらしい。その事故で当時建造に関わっていた企業とか当時の偉い人が首を切られたっていうのをニュースで見たことがある。
ミハは、その事故唯一の生存者。おかげで大々的にニュースで取り上げられたり、ネットでも色々虚偽から真実、下らない噂まで広がって、結果、今のミハは学校で浮いている。
その過程を私は、ミハが病院で起きた翌日から見続けてきた。一人ぼっちのこの子を見張り続けるのは、胸が痛んだけれど、彼女だけが生き残った理由を追求しなければいけないのも分かった。
実際のところ、黒霧ミハが巻き込まれたのは事故じゃない。
何か光の巨人のような魔物が顕現して、その余波で黒霧ミハの住んでいた区域は崩落した。
当時の街中のドローンカメラのデータに残っていたのは、真昼でも眩しいほどの強烈な光とともに顕現する巨人めいた姿。その余波で崩れるビル、道、すべてを乗せたプレート。
そこは今でも立入禁止で、癒えない傷になっている。
光の巨人への手がかりが唯一生き残ったミハにあると私の上司たちは思っている。
もちろん、父さんも。
光の巨人に殺されて、一度死んだのに蘇ったミハには、なにかがあると信じて疑わない。
「────」
「? 何か言った?」
「え? ああ、うんん、なんでもないよ。それよりほら」
ミハの指差す方を見る。金属のドアがあって、光が漏れている。どうやら階段も終わりみたい。
「出口みたい、だよ」
「うん。行ってみよう」
前を歩いていたミハがドアノブに手をかけて……固まった。どうしたんだろ……あ、まさかドアノブに罠が?! と思っていたら振り向いたミハの顔は真っ青に青ざめていた。このゲーム、すごい再現度。そんなことを感心してる場合じゃない。
「……もしさ。ドアを開けたらゾンビが雪崩込んできたらどうしよう」
「……がんばる?」
めちゃくちゃ生産性のない言葉しかでてこなかった。
「音とか気配的なのは?」
「ちょっと待って……何か向こうで機械が動いているような音は聞こえるけど特に足音とか呻き声は聞こえないね」
聞き耳を立てたミハが首を振った。
「じゃあ、開けてみるしか無いね……」
「まあ、そうだよね……」
当たり前だけどテンションが見て分かるくらいに下がった。地の底より更にした。
理由は分かってる。どうもミハ、びっくり系にかなり弱い。さっきも廊下で突然出てきたゾンビにかなりビビってた。
「私が開けようか? さっき一人で頑張ってもらったし」
「……うんん。今は私の方がいいよ」
だってとミハは、私に背中を向けた。
「もしゾンビが居てもココなら助けてくれるでしょ? 私だと多分無理」
「なにそれ。頑張ってよ」
「またの機会ということで……。というかココがちゃんと銃使えるか見に来たんだからちゃんと守ってよ」
「痛いなあ……」
「ふふ、……それじゃあ開けるよ」
深呼吸したミハがドアノブを捻る音がした。ぎぎっという音がして、ゆっくり奥へドアが開いていく。光がドアの向こうから溢れてきて──。
『オオオオオオオオオオ──!!』
「……こういうのって意外にいなかったりしない?」
居たけど……。トドメともう一発入れておく。うん、死んでる。ぴくりとも動かない。
白衣を身に纏っていていい仕立てのスーツを着た男の人のゾンビ──首から下げてる名札に、医院長とある。なるほどね。逃げた先で死んじゃった。しかもゾンビになってる。ということは、ここにもちゃんといる。
「大丈夫?」
「…………腰抜けちゃった」
驚きすぎて悲鳴も出なかったミハに手を差し出すと、すとんとお尻を床につけたまま、涙を浮かべて私に苦笑した。
「VRゲームでも腰って抜けるんだね。立てそう?」
「ちょ、ちょっとまってね」
「多分気持ちの問題だからこう……頑張って」
「うん……よっと……あ、立てた」
照れた風に頬を赤らめてミハが笑う。最近のVRが現実みたいで良かったなって、VRゲーム初めてから一番実感した。
「それでここが階段の先なわけだけど、どうしようね。これ」
階段の先、ドアを抜けた先の明かりが生きていた。
助かるんだけど……そこら中で白い光を放つ電灯が照らす私たちの行き先を暗い。
道は明るくなったのに、道行きは暗い。笑えない。
「どうしようね……」
手すりに手を乗せた私とミハは、踊り場の先を見下ろしていた。
踊り場から見下ろせたのは、深い深いコンクリートの大穴。大穴を沿うように下り階段がある。階段は、大穴の底まで続いていそう。
そして、ゾンビがいる。穴の底で蠢いているのが見えるし、何よりさっきの銃声を聞きつけてか階段を上がってきているのが見えた。
だからってもと来た道を戻ろうにも──呻き声と足音が聞こえる。
「どう見ても弾足りないね……」
弾どころじゃないでしょ。ミハの苦笑いに、つい半笑いになる。もう笑うしか無い。いやまじでこれクソゲー、極まってるよ。
「あーあ……ほんと、嫌になる」
作ったやつを撃ち殺したい。
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