第12話 魔法少女とFPSオタクとデスゲーム



「お、お邪魔しまーす」


 学校からモノレールで10分。トウキョー・メガフロートの中層と上層の狭間にある世帯向けマンションの5号室にココの家がある。

 オートロックの自動ドアを抜けて、エレベーターに乗ってすぐ。ココの指紋と虹彩を読み取ったドアがロックを外したのに続いて、私は部屋の中に踏み入れた。

 

「適当にそのへんに座ってて」


 言われたまま案内されたリビングのソファに腰をかける。わ、ふかふか。大きいから寝転がって寝れちゃいそう。いや、寝れる。私のベッドより寝心地がいい気がする。


「あ、何飲む? オレンジジュースと烏龍茶、アイスコーヒーくらいだけど」


「えーと……オレンジジュースで。ベリアルは?」


「俺はコーヒーをもらおう」


 さっきまで黙っていたベリアルが私の呼びかけを受けて、にゅっと現れた。ベリアルは、私のオタクを自称するだけあって、基本的に呼ばないと出てこない。プライベートを尊重してるとかなんとか。


「おっけー」


 初めて来た友だちの家って緊張しちゃうよね。何をしてたらいいんだろってなる。手持ち無沙汰で、手持ちの端末を眺める気にもならずきょろきょろと部屋を見回した。

 広いリビング。私の部屋2つ分くらいありそう。白系の壁に、床は明る色の木目調。部屋の至るところに観葉植物がある。見たことあるような無いような植物。ココの趣味かな。


「そういうの好きなの?」


「あ、嫌いってわけじゃないけど、ちょっと気になっただけ。ココの趣味?」


「うちの親の趣味。ほぼ私が世話してるけどね。はいどうぞ」


 テーブルに、ストローの刺さったオレンジジュースと烏龍茶、アイスコーヒー。お茶請けのクッキーが盛られた皿が置かれた。それから私の隣にココが腰掛ける。加わった体重にソファがまた少し沈む。


「ありがと」

 

 ありがたくグラスを手にとってストローを口に運ぶ。乾いた喉に、冷えたオレンジジュースが気持ちいい。つい飲み過ぎて半分くらいくらいまで減らしてしまった。


「えっと、それで見せたいものって?」


「ああ、これこれ──ちょっと待って」


 ソファの横へ手を伸ばして……面倒くさそうな顔をした後、ぐっと上半身ごとソファの横へ伸ばした。横着せず立てばいいのに……。と遠慮なくクッキーを一ついただく。一口サイズのシンプルなバタークッキー。口の中でホロリと口の中で溶けて、優しい甘さ。


「よっと、お待たせしました」


 ココが取り出してきたのは、青い色の細長いサングラスとヘッドホンが合体したようなものが2つ。


「VRゲーム用のゲームハード?」


 VRゲーム自体は、何度か触ったことはある。ゲームは悪くないんだけどVRという都合どうしても自分が主人公という形になってしまう。没入感は凄いんだけど個人的には、主人公と自分は別のほうがいいというオタク心があるので、ゲーム機自体は買ったことがない。

 1つ手にとってみる。結構軽い。外装の質感もいいしクッションの感じとか手触りもいい。最新機種とかかな。


「正解。私が見せたいものはこの中にあるの」


「ああ……」


 ココが何をやりたいか読めてきた。


「なるほど」

 

「分かっちゃうよね。流石に」


「いいと思うよ。VRで練習。最近のVRってすごいんでしょう? リアルとほぼ変わらないらしいじゃん」


 ネットニュースで見たことがある。動画も見たことある。解像度高すぎて現実味の無いファンタジーな光景なのにもうそれは現実だった。


「そうそう。それでね。ネットで丁度いいのがあったからこれで訓練してみようと思うの。レビューも良かったし、一回試してみたんだけどかなりリアリティがあって訓練になると思うの」


「へえ、なんてタイトル?」


「これなんだけど」


 そう言って渡されたパッケージには、銃を構えて背中を合わせた男女と大きく『タイムクラッシャーズXX』とロゴがある。開くと中にはインストール用のデータチップが1枚。今時珍しいデータチップ。


「そんなにリアルなゲーム、初心者の私でもできるの?」


「大丈夫大丈夫。さっきも言ったとおり試したし、初心者モードもあったはず。だからさちょっとやってみようよ。驚くくらいリアルですごいんだ。私もこの手のゲーム色々やってきたけど今までどうしてこれを知らなかったのか不思議なくらいなの! これさえやってもらえればミハだって納得するから、ね?」


「ええ〜〜」


 すごい勢いでココがまくし立ててくる。目もキラキラ楽しそう。かなりやらせたいみたいだ。ここまで来たからには私としてもやってあげたい。

 けど、なんだか怪しい。テストしてるらしいから大丈夫だとは思うけれど、それでもぴこーんと第六感的なものがこのゲームに反応している。

 

「ミハ」


 お、ベリアル! 流石ね。何か感じるものが──。


「クッキーは俺が食べておく。任せろ」


「ベリアル……」


「俺はに入らない主義だ」


「ベリアル……!!」


 そういう話じゃない。確実にそれは私が聞きたかった言葉じゃない!


「だめ?」


「……だめとは言ってないよ」


 思わず苦笑いがこぼれる。こんな小動物みたいな顔されたらもう仕方ないよ。渡されたVRゲームデバイスを手にとって、


「それでここでやるの?」


「あ、ここはだめ。私も普段は適当にソファでやってるけど流石にね。狭いし。危ないし。だから私の部屋でやろ」


 そうと決まれば早速準備を済ませた私たちは、クッキーとコーヒーに夢中なベリアルをリビングに置いて、ココの部屋にやってきていた。

 リビングから玄関への廊下の途中のドアを開ければ、ココの部屋はある。

 第一印象は、整った部屋。散らかってもないし目立ったゴミもない。リビングと同じ床には、白のふわふわした円形のラグ。上にはローテーブルとノートパソコン。部屋の隅にはラップトップと勉強机。クローゼット。観葉植物。

 クリーム色の壁には、いくつか家族写真が飾られている。写真は、多分家族写真。高身長のスキンヘッドでよく焼けた男の人とココに似た黒髪を長く伸ばした女の人。2人の間にいるのは、今より幼いココ。髪型は今とあんまり変わらない。小さくてかわいい。 


「ミハ、こっちでやろ」

 

 私が写真を眺めている間に、ベッドを軽く整えたココがぽんぽんと自分の隣を叩いて、座るように催促する。ココの部屋のベッドは、さして大きくはない。私たち2人で丁度くらいの大きさ。一緒に寝転がるとかなり密着するようになる。

 それはなんかちょっと流石に近すぎる気がする。


「私、床でいいよ? そこのクッションとか貸してもらえれば丁度良さそうだし」


「やめといたほうがいいよ。前、体バキバキになったし。だからほら、遠慮せずにさ」


 ぽんぽんとココがベッドを叩く。


「……それじゃあ、お言葉に甘えて」


「じゃ、これ被って。そうそう、そんな感じ」


 リビングで見せてもらったVRゲームデバイスを手にとって、頭に被せる。バンドを調整して頭に合わせたりセットアップしたりが終わると2人並んでベッドの上で寝転んだ。


「それじゃ、始めるよ」


 せーのと呼吸を合わせて。


「「ゲームスタート」」


 ゲーム機のグラス越し、青く染まった天井が今度は黒く染まる。微かな浮遊感の後、私たちはどこかへ落ちていって。


「えっと……ここがゲームの中?」


 どことも知らない汚れて、荒れた廊下に立っていた。物や紙、色々と散乱してるけどこれは……病院の廊下? 緑色の足元灯や頭にいつの間にかついてたヘッドライトだけが私たちの視界を確保している。

 ヘッドライト? 頭にいつの間にかついていた。服装も……なんだろう特殊部隊?チックな紺色の防弾チョッキとかに切り替わってた。


「そのはずなんだけど……。あれーなんか前と違う……」


 ぶつぶつとココが何か呟いている。どうやら想定と違うみたいだ。


「前はちゃんとプロローグとチュートリアルがセットで、どこかの国の特殊部隊の隊員になったところからスタートだったよね……? おっかしいなあ」


「ココ?」


「うーん……ごめん。ゲーム間違えたかも」


「そうなの? 結構雰囲気あるけど。今にも怪物とか出てきそうな感じの。射撃訓練にはいいんじゃない?」


 昔は、顔面手前にまで迫ってくる怪物とかに怯んでVRゲームがやれなかったけど今は別。


「怪物が出る系統のゲームじゃないんだけどね……。ほんとに訓練用のやつだから。射撃場的なやつなんだけど。とりあえず一回、抜け出してやり直すそう。おっかしいなーー……あれ」


「どうかした?」

 

「いや、その……。ね、ミハ、メニュー開いてもらっていい?」


「メニューオープンだっけ。お、開いた開いた。何を見ればいいの?」


「……ログアウトボタン」


 ログアウトボタン? なんでま……。あれ? 上から見返してみよう。

 簡素な特にUIも凝っていないメニューには、上からステータス、装備、アイテム、ヘルプ……大体目立つところにあると思うけど……。


「……見当たらないね」


 無い。ありそうなところと無さそうなところの両方を開いてもどこにもない。


「やっぱり?」


 私たちの間に、嫌な沈黙が流れた。


「もう一回探すね」


『…………ァ』


「……今、何か聞こえた?」


「……ミハ、銃構えて」


「私、やったこと無いんだけど……」


 やけに手慣れた様子で、腰の拳銃を引き抜いたココを見てからそれに習って、とりあえず私も同じ拳銃を抜く。


「安全装置あるから外してね」

 

 凝ってるな。えっとこれ? ここね。はいはい。あ、このレバーを下ろせばいいのね。あ、装弾もいる? こう? 違う? へえ、そうやるんだ。と手早くココに指示されて撃てるようになった拳銃を闇の向こう、廊下の奥、声の聞こえた方に向ける。

 ひたひたと廊下を叩く音がして、それが増え続け、私たちの目の前に現れたものは、どう見ても生きてない目をして、色々欠損している顔をしたものだった。


「ふぇ!?」


 つまり、ゾンビの皆さんをシューティングするゲームって、こと!? しかもそれに閉じ込められた!?


「それってデスゲームじゃん!!!!」


「撃って!」


 先頭のゾンビが額を撃ち抜かれて、崩れ落ちたのを見てから私も急いで引き金を弾いて、今に至る。


「……やっぱりあの直感に従ってゲームをしなければよかったんじゃ?」


 階段を降りながら私は独りごちた。現実は難しい……。未来を予知したい……というかベリアル気づかなったのかな……。気づかなかったからこうなってるんだろうけど。

 思い返しても特にこの状況をどうにかするヒントは欠片も見当たらなかった。どうしたものかなあ。


「? 何か言った?」


「え? ああ、うんん、なんでもないよ。それよりほら」


 ココに首を振る。声が大きかったかな……。


「出口みたい、だよ」


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