第10話 魔法少女とゾンビとVRゲーム



 廃墟同然の病院の廊下は、当たり前だけど暗い。ヘッドライトが唯一、私の視界を照らしている。

 照らされてるのは、廊下の白っぽいリノリウム、ぼろぼろのソファ、誰かのカルテ……だけじゃない。

 

『オオオオオオ…………』


 歯を剥き出しにして、白目を剥いて、呻き声を上げるのはお医者さんだったり看護師さんだったり患者さんだったり。そういう人たちが群れを成して暗がりの向こうから迫ってきていた。

 ありたいていに言うと、ゾンビが襲ってきている……ので撃った。

 拳銃なんて慣れないけど今はそんなことを言ってる場合じゃない。ただ向けて引き金を弾くだけで撃てるのが拳銃のいいところ。

 ぱん、ぱんぱんと乾いた発砲音ともに反動が腕を伝ってくる──弾丸は、見事に命中した。


「げっ……ぐろいっ……」


 ぱんと弾けた頭からピンク色の脳みそが大げさに吹き出て、床とか壁とか天井にべちゃべちゃと張り付いた。迫ってきていた体の方は、力を失って手を伸ばしたままばたんと地面に倒れ込んだ。 


「ぐ、ぐろすぎる……!!」


 いくらなんでもぐろすぎる。そりゃ私だって殺人鬼と戦って殺人鬼の被害者の人とか見てきたけどやっぱり慣れない。慣れてたまるか。それにこれ過剰すぎる。こっちの反応を楽しむみたいな……いや楽しんでるんだ。

 こっちが変身できないからって! 好き放題して、もう! ベリアル!!


「叫んでないで撃つ!!」


「そ、そんなこと言われても〜〜!!」


 背後で頑張ってるココに怒鳴られて、私は他のゾンビに銃口を向け、引き金を弾いた。その後、隣でぼとんと音がした。


「ひっ」 

  

 心臓が止まりそうになる。予想通り天井に開いた穴からゾンビが落ちてきていた。下半身がないゾンビ。観察してる場合じゃない。

 ぱんぱんぱんっ! もう一発!


「ああ、もういや! なんでこんなことになってるの!!」


 泣きそう。びっくり要素きつい。


「知らないよ、私だって!!」


 喚き合いながら私はつい後退してしまう。ゾンビの圧が強すぎる。それでも撃ち続けてる。足が遅いゾンビでほんとによかった……。

 がしゃんとブローバックが止まる。焦りながらもマガジンを込め直す。残弾少ないよぉ。泣きそうになってしまう。


「ねえ! ココ!!」


「待って!!」


「まだ!?」


「もうちょっと!!」


「ていうかやっぱり逆だよこれ!!」


 絶対私より銃の扱いの上手いココがやるべきだ。リロード中にマガジンを手から滑らせてしまいそうな私じゃなくて! なんとか映画みたいにバンっと拳銃の尻を叩いてマガジンを押し込むのに成功する。


「ピッキングが私より上手かったらそうなってたね! もうちょっとだから頑張って! ただの病院の癖にセキュリティが硬すぎる!! クソゲーめ!」

 

 前半は応援。後半は独り言。私は構え直した拳銃で、近くに寄ってきていたゾンビの頭に銃弾を叩き込む。

 このゲームが始まって数時間……多分、数時間。時間の感覚がおかしくなりそう。片手間に開いたメニューウィンドウの時間をチラ見する。

 18時丁度。ゲームに入ったのが16時前くらいだから2時間くらいの経過。たったそれだけの時間なのに数時間も経っているような緊張感があった。


「ああもう……時間を意識したらお腹減ってきた……!」


 今日の晩御飯何にしよう。能天気なことを考えてしまう、現実逃避気味な私。


「開いた!」


 後ろから声がして、私が振り向きがちに見ると。


「いくよ! ミハ」


 と手を差し出すココの姿。硬く閉ざされていた観音開きのドアが開いていた。


「あ、うん!」


 振り向いて一気にダッシュ。ドアの中に滑り込むと構えていたココがドアの鍵をがちゃんと締めた。ついでに私は隣の本棚を……。


「重い!!」


 重すぎて倒れない!! 木製で大きくて本たっぷりでずっしりしてるせいだ! ああもう! と私がぐずぐずしてるのを見かねたココが隣にきて。


「一気にやるよ! せーの!」


 2人ならなんとかなった。一瞬、潰されそうになってヒヤッとしたけど、どーんと大きな音をたて、ぱらぱらと埃を撒き散らしながら本棚がドアの前に倒れ込んだ。これで時間稼ぎができる。

 ドアを向こう側から叩く音がする。あまり長くは持ちそうにない。


「……行き止まり?」


 振り返った私は、逃げ込んだ場所を見て呆然と呟いた。

 医院長室だと思う。頑丈そうで大きな執務机と革のソファの応接セットが部屋に鎮座している。大きな窓があるけど内側から板が打ち付けられてて、陽の光も差し込みそうにない。


「ホラゲーって大体一本道だからそれはないはずだよ」


「そうなの?」


 あんまりやらないから知らない。


「そういうものなんだ。ほらドアに鍵が掛かってたし、窓も鉄の柵で締め切られてる。普通に外に出ることができないじゃない? だったら……」


 きょろきょろと部屋を見回したココは、壁を叩いたり枯れかけの観葉植物を漁ってひっくり返すと最後に窓の前にある執務机の方に歩み寄って、引き出しを一つずつ引き出して、


「やっぱりあった!」


「なになに?」


 手持ち無沙汰部屋をうろついてた私が執務机に近寄ると、ココは、引き出しの奥に腕を突っ込んでいた。


「奥に紙でも落とした?」

 

「ふふ、見てて」


 がこんと音がした。横を見ると壁が天井から床まで長方形に線が入って、ごごっと動いた。


「うん。お約束よね」


「確かに……そんな気もする……。昔見たバイオの実況動画とかこんな感じだった」


「ああ、イーグルのエンブレムを取って、地下水道を通った後、戦車の模型を動かして、図書館の絵を並び替えるとやっと手術室に辿り着くってやつね」


「そうそう。あれ普段絶対不便だよね」

 

 そうこうしてると隠し通路の出来上がり。奥をヘッドライトで照らすと階段が下の方へと続いているのが見えた。仄かな緑色の光を放つ足元灯が階段の輪郭を浮かび上がらせている。


「この先、安全だと思う?」


「全然。というかそろそろボスの1体くらいきてもいい頃だと思う」


「ボスかぁ……」


「うん。医院長室の中の隠し通路を抜けた先がバイオハザードの原因の研究所とか? だからほらもっとすごいゾンビがいたりするかも」


「ご飯食べてからにしたい……」


「ほんとだよねえ……。そろそろデリバリー届いちゃうなあ」


 恨めしそうにココは、メニューウィンドウを見ている。時間は18時を過ぎている。


「え!? いつの間に……!」

  

「ふふ、内緒にしてたら驚くかなって。せっかくうち来たんだからご飯もほら? ……こんなになっちゃったけど」


「うう……ログアウトしたい〜〜……!!」


 呻きながら私は改めてメニューウィンドウを開いてみる。やっぱりない。在るべきところに在るべきものがない。

 そう、一番、目立つ場所にあるはずのログアウトボタンが消失していた。

 現在進行形で、私とココは、VRゲームに閉じ込められている。何アートオンラインだよ〜〜!! オフゲーだけど!


「ミハ! 早くクリアしよう! ね? 私もお腹減ってきた!」


 頭を抱えてヘドバンしてたのをココがなだめてくれて、なんとか私は戻ってこれた。危なかった……。


「ご、ごめん。取り乱してた……。うん、頑張る。頑張ってなんとかしよう」

 

 頑張るしか無い。だって、ベリアルも出てこない。こういう時に出てこないのどうなのよ。今こそ必要なのに! 怠慢よ怠慢。

 とりあえず、こんなことになった経緯を思い出すことにする。

 その記憶のどこかにこのゲームを脱出するヒントがあるかもしれない。

 階段は長そうだからそれくらいの時間はある。


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