ウェイ・ダウン・ザ・ライン

みずた まり(不観旅 街里)

『跳ねっ返りたち』

「つーわけよ、タイガー。が消え去るかも知れないんだ。なんかイイネタ持ってない?」


「帰れ」


 頭にミソ入ってんの?

……いや、愚問か。


「はあ!? このまま帰れって!? じゃあどうすんの?! もうその気になってきちゃったんだけど! やる気マンマンなんだけど!」


「うるさい帰れ」


 今日学校でを知ってウチに駆け込んできた上、人んちでそういう気分になることを大っぴらに公表したこの変態は我がツレ、三河みかわ。車好きのどこにでもいるスケベ野郎だ。


 実家が車屋だから車好きになったんなら、必然的にコイツの親もスケベ野郎だよ。そうに違いない。確か、親が親なら子も子って言うんだっけな。


「このビッグブロック抱えて家まで帰れってのね……。バッテリーはビンビンだぜ?」


「いやー気づかなかったわ。さあ帰った帰った」


「……タイガーのタイガーはマスクしてるくせに」


「は?」


 このボケ、人が気にしてることを……!


「上等じゃ軽規格ボーイ!」


「お? やんのかあ? 今日こそそのマスク外して素顔晒してやんぞ!」


「うるさいな、何騒いでんの」


 がっぷり四つに組み合ったところで、部屋のドアを開けてうちのが顔を出す。首もとダランダランのシャツにショートパンツ。いつにもましてだらしない……。


「あっ、ドモ、スミマセン!」


「お、なんだ。三河くんじゃん。ゆっくりしてってねー」


「はいっ」


 挨拶だけしてふらふら出ていく親を眺めながら三河の方を見れば、三河もオカンを眺めてる。


「……人妻フェチ?」


「ば、バッカ今のは──」


「なるほど。いや、どうぞ続けて」


 どっから入った? 油断も隙もないわ。地獄耳すぎる。


「へっへ、青春のころを思い出すね。そういやツレのお母さんじろじろ見てたっけな」


「タイガーのお母さんも……?」


「なんたって思春期だからね。そりゃもう脳内桜エビ色よ」


 おい、誰か止めて。何が悲しくてオカンの猥談を……。こんなんどんな顔して聞きゃいいの。


「しっかし、そのときのツレがホントに人生の連れ合いになるんだから人生何があるかわからないもんだよねえ」


「……タイガー」


 何その神妙な面。ふざけんな。


「死ね」


 のたれ死ね。


「まだなにも言ってないけど」


「死ね」


「生きる~。超生きる~。あーお陰様で元気百倍だわー」


「死ねァ!」


「おぶぇ!?」


「何してんの!?」


 しまったAB典学習辞典がドタマに……。まあ、こいつは殺しても死にはしない。大丈夫大丈夫。


 それはいいにしても、カッとなるのは大人になるまでに直しとかなきゃダメかもなあ。


「もー、怪我したらどうすんの。もうちょっと考えて動きなよ」


「痛った……。首が……」


「ごめんごめん。つい」


「変なとこばっかり似るんだよねえ」


 ウチのオトンは短気な方だ。似たくないと思うのに大きくなるにつれて似てるって言われるの、かなりの理不尽だよ。


「クソッ……。この恨み、ファラサデ・オクヴェキカ」


「誰それ」


「知らない」


「ええ……」


 こいつはこいつでいつもこんな調子だし、きっとこいつのオトンもこんな感じなんだろう。


「はっはっは。三河くんいいムードメーカーになりそうだねえ」


「やー、人笑わせんの好きなんです」


「そういうの良いね。大事な武器だよ。忘れないようにしてね」


 ──結局、その日はそんなとりとめのない会話をして終わった。コレクションも含めて。その日に三河のを見なくて済んだのは不幸中の幸いか、あるいは……。


────────


「おじゃまします!」


「お、いらっしゃい。あの子いま上にいるから上がってって」


 あの頃のアイツにどこか似た友達が、息子と遊びにやってきた。


「おじゃましまァす?」


 そしてついでにアイツも帰ってきた。なんでや。


「おじゃましますじゃないでしょうが」


「おじゃましましたァ」


「あんたんちここでしょ」


 あのスケベが今やポニテのバリキャリだなんて誰が信じる?


「今日早いじゃん。どうしたよ?」


「この前話した上得意さんの契約、継続してくれるって。課長に話したら半休くれたのよ」


 昔から話術を研いてきたこいつならではの仕事だよね。天職ってやつだ。


「へっへ、タイガーのオカンに言われた通りだったよ。笑いは武器になるね」


 大人になるのこそこっちが先だったのに、こいつはこいつなりに研鑽して、今や一家の大黒柱。こっちはそれを支えてる。なんだかオカンを思い出す。オカンもそうだったらしい。先に大人になって、子供の頃からの友達と結婚して。


「そういや、こないだオカンと電話してたらオトンに似てきたって言われてさー。そういやそうだなって」


「営業やって、成績よけりゃ帰ってきて悪けりゃ会社に泊まり込んでさ。仕事ってのはいつも変わんないね」


 ──ウチだけじゃない。仕事も、家庭も、時代も。全部こんな具合に繰り返してるんだろう。


 けれど。


「ま、それはそれよ。楽しくやりましょ?」


「だね」


 それも悪くない。近頃はそう感じるんだ。


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ウェイ・ダウン・ザ・ライン みずた まり(不観旅 街里) @Mizuta_Mari

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