蟻と天才

十三岡繁

蟻と天才



 前世なんてものはそれまで信じてなかった。自分がモーツァルトの生まれ変わりだと自覚できたのは20歳の時だった。


 子供の頃から勝手に旋律が頭の中に浮かび上がり、ピアノを習っていたこともあって、面白がって楽譜に起こしていたら、それが先生の目に止まった。作曲コンクール等に応募して幼くして数々の賞を手にした。そのうちにテレビでも紹介されて、まわりからは神童ともてはやされた。クラシック調の曲だけでなく、現代調の曲も数多く手がけた。アイドルの楽曲を作ったりもした。小さい子供が作曲するという物珍しさもあって、ひっきりなしに作曲の依頼が舞い込んだ。


 当然通常の勉強をしている時間はなくなり、義務教育なはずの小中学校も休みがちになった。普通の勉強などしなくても、この才能があれば生涯生活に困ることはないだろうと、両親からも特に叱られることは無かった。部活や校外活動への参加ももちろんしなかったので、友人と呼べる存在も無かった。


 しかし歳を重ねるにつれ、あれほど潤沢に湧きだしていた旋律はなりを潜め、14歳を超えたころには全くと言っていいほど、何も浮かばなくなっていた。そうして作曲の依頼はすべて断るようになった。そうしているといつの間にか依頼自体も来なくなった。世間は熱しやすく冷めやすい。いつしか自分の存在は世間から忘れられていった。


 受験勉強もしていなかったので、中学を出てからの進学先には困った。演奏の技術を特に磨いてきたわけではないので、音楽系学校への推薦などもあてにはできなかった。結局名前さえ書ければ合格すると言われている私立高校になんとか入ることができたが、そこですら授業についていく事が出来なかった。人間関係を作る訓練もしてこなかったので、高校生活には馴染めずに一年と経たずに中退してしまった。


 ただ子供の頃に作った曲の印税が勝手に入って来るので、経済的な面では将来への不安などは無かった。不安が無いので特に何かを努力をすることもなく、打ち込めるものも見つけることはできなかった。そうして空虚な日々を過ごしているうちに、ある日突然前世の記憶が蘇ったのだ。


 その時初めて自分はモーツァルトの生まれ変わりだと自覚した。


しかし記憶が戻ってもひらめきが戻ったわけでは無い。どうやらこの人生では神童ではあったが、生涯を通しての天才とは行かなかったようだ…。


いや、気が付けば逆に空っぽになっていた。

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