第36話 君が好き*R15*
レイチェルは緊張していた。今いる場所は自分にあてがわれた自室だが、そわそわと落ち着かない。寝衣を身に着けた格好で、ベッドの端に何度も座り直す。昼間ブラッドが口にした「なら、今夜」という言葉のせいである。
血をあげるだけ、あげるだけなんだけれど……
ヴァンパイア・キスが性愛に通じると今では知っているので、はい、どうぞと気軽に言えなくなっている。カサンドラに言わせると、吸血行為は疑似性交と同じらしい。
――あなたがまだ純潔ってことは、大事にされている証拠かしら?
レイチェルが首を傾げると、カサンドラが意味ありげに笑った。
――あらぁ? 気が付かない? ヴァンパイア・キスって、強力な媚薬みたいなものなのよ? なし崩しに男女の関係まで持っていくなんて簡単よ。でも、彼は手を出していない。きっとあなたの心が大人になるのを待っているのね。
あなた、とっても愛されてるわ、そんなカサンドラの囁きが耳に残っている。
「あのう、ブラッドさん」
レイチェルが声をかけると、本人に「ブラッド」と言い直された。腰をかがめたブラッドに顔を覗き込まれる。困ったような、不満そうな顔だ。
「俺、婚約者だし未来の夫だろ? 敬称はいらないよ。それともずっとこのまんま?」
あ、そ、そうよね……ニーナにも言われたわ。
レイチェルは慌てて言い直した。
「ええっと……ブラッド?」
「なに?」
笑う顔がもの凄く嬉しそうで、再度レイチェルの頬が熱を持つ。隣に腰掛けたブラッドの重みでベッドがぎしりとたわみ、レイチェルは飛び上がりそうになった。ドキドキと心臓の鼓動が煩い。
「私、貴方が好き、です」
そう告白するも、ブラッドの顔を見られない。心音が鳴り止まず、ぎゅっと握った自分の手に視線を落としたままだ。
「結婚もしたいですし、ずっと一緒にいたいって思います。血も上げたいです。ただ、その……神殿と交わした誓約があって、二年間は結婚出来ません。その間は純潔でないといけない決まりがあって、ですね……ええっと……」
「最後までするのは駄目ってことだな?」
ブラッドにそう問われて、レイチェルはこくんと頷く。つと、キスをされた指先から快感が走り、噛み付かれたのだと分かった。
「ん……ふ……」
「気持ちいい?」
ペロリと指先を舐めるブラッドの仕草が妙に艶めかしくて、レイチェルの体がぶるりと震えた。
「その……はい……」
レイチェルはようようそう答えた。漏れ出るのは熱い吐息だ。
「大丈夫、君が嫌がることはしないよ……貧血にならない程度に血をもらって、あとは……君が気持ちよくなるまで、体を触るくらい、かな……」
「でも、あの、ブラッドは? 男の人ってその……」
性欲はちゃんと発散させないと辛いと聞いている。大丈夫なのかしら?
「俺、ヴァンパイア」
そう答えたブラッドにころんと押し倒され、レイチェルの心臓が跳ね上がった。目の前には女性のように柔らかな美貌を持つブラッドの顔があって、赤い瞳にじっと見下ろされている。血のように赤い……でも綺麗。反応を見られているようで、もの凄く恥ずかしい。
「知って、ます」
レイチェルの戸惑いなど知らぬげに、身をかがめたブラッドに唇を奪われる。はむような動作は優しいのに官能的で、ずるりと入り込んだ熱い舌が、レイチェルのそれを絡め取り、逃がさない。視界をかすめる赤い輝きに翻弄されつつ、鷲掴みにされた胸からも快感が走った。敏感な突起をつままれ、びくりとレイチェルの体が震える。
「ヴァンパイアはね、吸血が一番の快感なんだよ」
とろりとした快楽の向こうから、ブラッドの声が聞こえる。
「最後まで出来れば、そりゃあその方が良いけれど、ヴァンパイアが吸血によって得られる快感は、性交のそれを上回る。だから性欲を覚えると、どうしても血を飲みたくなるんだ。特に君の血は最高かな。酩酊しそうになるくらい。で……ほら、俺の事好き? 言って? レイチェル……」
好きよ、好き……
「好き、です……」
途切れ途切れにそう告白すると、彼が笑んだような気がした。
こんな風に笑ってくれるだけで、どきどきするくらい……
「そして俺の場合、君の愛情が最高のご馳走なんだ。君から向けられる好意でも酔っ払う。君が好きで好きでたまらないから」
ブラッドが首筋に顔を埋め、途端、快感が体を駆け抜けた。噛み付かれたのだと悟る。レイチェルの口から漏れたのは、自分でも信じられないほど甘い甘い声だ。
◇◇◇
ブラッドは白い首筋に牙を突き立て、彼女の血を味わった。
美味い……
ああ、最高だ……
五臓六腑に染み渡るって、まさにこういう事を言うんだろうな。とろりとした芳醇な血の香りに恍惚となり、耳をくすぐる甘い声に、どうしたって口角が上がる。同時にレイチェルの体がびくりと震え、達したのが分かった。ああ、ちょっと力を加えすぎたか? 我慢に我慢を重ねているから、ちょい先走り過ぎちまうんだよな。
彼女の首筋に口づけたまま、彼女の素肌にも触れる。つうっと指先で刺激すれば、びくんとレイチェルの体が反応した。血を貰いながら、ショーツの中に手を入れると、ねっとりとした粘液が指にまとわりついてくる。嬉しいくらいとろとろだ。綻んだ花弁を指でほぐせば、さらに可愛らしい反応をする。まるで寒さに震える小鳥のよう。
ブラッドが赤い瞳を細めた。
大丈夫だ、レイチェル、ほら、怖がらなくていい。俺は君を害したりしない。嫌がることもしない。開く扉は少しずつ、な?
そう優しく胸の内で語りかけながらも、自分の中に渦巻く衝動を意識し、ブラッドの赤い唇が、自分を嘲るように弧を描く。それは、まさに魔性の笑みだ。
残念ながら、自分には魔物特有の残虐性がある。俺は魔物だからな……どうしたって、こんな風に震える小鳥を慈しむより、いたぶりたい、そんな衝動が消えない。もちろん、そんなものは俺自身が許さないけれど。
偽りかもな、この俺は……
ふっとそんな考えがブラッドの脳裏をかすめた。
レイチェルの甘やかな声に体温に歓喜しつつも、昏い情動が同時に存在する。それに蓋をするけれど消えてはくれない。ああ、そうだ……君の愛を得るために必死に、自分の本性を偽り続ける道化だ。人間らしくふるまって、本当の自分を隠し続ける。それでも君といられるのなら……
指をぐいっと根元まで押し込めば、レイチェルがぐっと抱きついてきた。
いいな、これ……全身で好きだと言われているみたいだ。
たっぷりと蜜を含んだ膣は二本の指を楽々飲み込み、前後に動かせばねっとりと絡みついてくる。淫靡な水音が響いてたまらない。本当にとろっとろだ。
「レイチェル? ほら……俺が好き?」
ふるりと体が震えて、す、き……と、レイチェルに熱っぽく耳元で囁かれて、こっちもぞくりとなる。最高に気持ちいい。口にするレイチェルの血がまるで麻薬だ。
「俺が好き?」
「好、き……」
「愛してる?」
「愛して、る……」
途切れ途切れにそう答えてくる。
指の動きを早めると、ぎゅうっとレイチェルの抱きつく力が強まるから、これまたたまらない。今一度血を貰うと、びくんと体が震えて、再度レイチェルが達したことを知る。
最後に足の付け根からも血を貰った。もちろんエロティックでそそられるから。恥ずかしがる姿がまたいい。ほんっと、やみつきになりそうだ。
◇◇◇
「俺が好き?」
ブラッドに耳元でそう囁かれて、レイチェルの体がかぁっと熱くなる。抱きついているので、彼の体温が吐息が直に伝わってくる。筋肉で覆われたブラッドの体は、痩せているのにやはり力強い。背に回された腕も……
ええ、好きよ、好き……
「好、き……」
レイチェルがようようそう答えると、潜り込んでいたブラッドの指の動きが速くなる。卑猥な水音が耳朶を打ち、レイチェルの羞恥心にさらに拍車がかかるも、漏れ出る甘い声は止められない。
「愛してる?」
「愛して、る……」
口づけられた首筋からも快感が走り、快楽の絶頂に押し上げられたレイチェルの体がびくんと跳ねた。大丈夫か? そう問われて、レイチェルはこくんと頷く。
体が熱い……
くたりと力の抜けた体で、ぼうっと天井を眺めていると、足の付け根にも口づけられて、レイチェルは悲鳴を上げそうになった。恥ずかしくてたまらない。なのに広げた両足の間には、ブラッドの体があるので、足を閉じることは出来なかった。
や、駄目……
口づけられた太ももから走る快感が強烈で、思考が焼き切れそうだった。あっという間に絶頂へと押し上げられ、意識が飛びそうになる。
「レイチェル、愛してる」
ふと気が付けば、赤い瞳のヴァンパイアが自分を見下ろしていた。
何度達したか分からない。レイチェルはぼうっとその姿を見返した。精悍だけれど、女性のように柔らかい美貌だ。微かに笑う口元が、やはり妖艶である。
愛している……その言葉が体の隅々にまで染み渡るよう。
私も、レイチェルはそう言いたかったけれど、思考が千々に乱れていて、中々言葉になりそうにない。胸が上下に波打っている。
最後にそっと重ねられただけの口付けは、一番甘かったかもしれない。
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