第12話 乗合馬車で意気投合

「まさかの大金持ち?」


 エイミーがひっそりブラッドに耳打ちすると、ブラッドがにやりと笑った。


「そうだな。金塊なら好きなだけ用意できるぞ?」


 セイラがふんっと鼻を鳴らす。


「好きなだけって……馬鹿みたい。はったりは止めたらどう?」

「へえ? なら財力勝負でもすっか? アウグストの誓約付きで。負けたらお前の全財産を貰う」


 魔法の誓約は絶対だ。しかもそれが大魔法士アウグストの誓約となれば、誰であっても覆せそうにない。セイラは口をつぐむが、クリフがなお食い下がった。


「……レイチェル、いいのかよ?」

「何が?」

「何がって……ヴァンパイアを聖騎士の役割につかせるなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない」

「ブラッドさんがどうしてもって、言うから……」


 レイチェルが不安そうに言い、クリフがここぞとばかりにたたみかけた。


「嫌ならはっきり断れって!」

「やめてってば! 私は嫌じゃないわ! ブラッドさんが嫌な思いをするかもって危惧しただけよ!」

「え……」


 どういう、そんな台詞がクリフから漏れた。

 レイチェルが説明した。


「私が聖女に認定されたら、二年間神殿で働くんだもの。ブラッドさんが魔物ってだけで差別されそうで、落ち着かないの。わ、私はいいわよ? 気にしないわ。でも、彼が迫害されるなんてことになったらいたたまれないから、本当は止めたかったんだけれど……」

「平気だ。人間の迫害なんかへでもない」


 ブラッドがそう答え、クリフは彼を睨み付けた。


「お前、いい加減、レイチェルに付き纏うのやめろ」

「その台詞、そっくりそのまま返すぞ」

「俺はレイチェルの友達だ!」


 割って入ったのはエイミーだ。そばかすの浮いた勝ち気そうな顔が、今は嫌悪に歪んでいる。


「やめなさいよ、クリフ! あたしもレイチェルもあんたを友達だなんて思ってないし!」

「え」

「その意外そうな顔やめてくれない? ほんっと、あんたの都合のいい考え方、信じらんない。あんたはレイチェルとの結婚の約束を一方的に破棄したの! それでいて、そこの女とずっといちゃいちゃいちゃいちゃ! 自分の行動振り返りなさいよ! そんな奴と誰が友達でいたいもんですか! レイチェルに馴れ馴れしくするのもやめて。ほんっと不愉快よ!」

「いや、でも、俺は心配……」

「心配しなくて結構よ! ああ、もう! あんたに友達扱いされるくらいならね! フォークスがレイチェルの彼氏になった方が数百倍マシだから!」

「……マシ、ね……」


 ブラッドの顔に苦笑が浮かぶ。クリフはエイミーの言葉に唖然となった。

 こいつが彼氏になった方がマシって……

 クリフは信じられない思いで、ブラッドの姿を凝視する。まさか、ここまで言われるとは正直思っていなかった。だって、幼なじみだから友達だから、きっと許してくれるだろう、そんな気持ちだった。それが木っ端微塵に砕かれた気がして、返す言葉もない。


「一応褒めたつもり」

「そりゃどうも」


 ブラッドが笑う。猫獣人のニーナが無邪気に言った。


「ブラッドはいい男にゃ? あちしだったら彼氏にするにゃ? レイチェルとお似合いにゃ?」


 カタカタ揺れる馬車内に微妙な空気が流れ、エイミーがぽつりと言う。


「……本気で言っているのが分かるだけに、何て言って良いのか分からないわ」

「あちしは本気にゃー?」

「分かった、分かった。はいはい、フォークスはいい男よね?」


 エイミーがそう口にし、話を終えた。



◇◇◇



 乗合馬車が所定の場所で止まり、夕食となったが、レイチェルはそわそわと落ち着かない。どうしてもブラッドの食事が気になってしまうからだ。


 ――ブラッド・フォークスにヴァンパイア・キスをねだりなさいな。あなたの血を口にすれば祝福の力は消えて、彼は解放されるから。


 女神エイルは確かにそう言った。

 自分の血を上げればいい、そうと分かっても、言い出すタイミングが問題である。血を採られすぎて倒れてしまうのは困る。なので医療院が隣接している王都の神殿についてから、レイチェルはそう思っていたのだけれど……どうみても、ブラッドの顔色が悪い。ずっと血を口に出来ず、飢餓状態なのだから当然なのだけれど……

 王都に着くまで約三日。それまでこのままっていうのは、やっぱり酷かしら?


「ブラッドさん、どうですか? お口に合いますか?」


 レイチェルがおずおずと彼の皿を覗き込めば、案の定、殆ど手つかずだ。


「んー……」


 ブラッドの眉間に皺が寄る。どう答えようか、考えている風である。

 レイチェルが慌てて言った。


「やっぱり、血が一番ですよね? ごめんなさい、王都に着いてから言おうと思っていたのですけれど、女神エイル様からの神託を、今お伝えします」


 ブラッドの赤い瞳と目が合って、レイチェルはぱっと下を向く。


「毎日、祈りを捧げていたら、女神エイル様が現れて、ブラッドさんが、私にヴァンパイア・キスをすると祝福から解放されると、エイル様はそうおっしゃいました。私の血で、祝福の力が効力を失うそうです」


 訪れたのは静寂だ。

 反応がない?

 レイチェルがそろりと見上げれば、彼は目をかっぴらいている。



◇◇◇



 レイチェルの台詞で、ブラッドの一瞬思考が停止する。

 え……ヴァンパイア・キス? 性愛とほぼ変わらないあれを君に? レイチェルの白い首筋に目が行き、待ち望んだ血の味と香りが鮮明に蘇って……


「ブラッドさん!」


 気が付いたら、ブラッドはばたんと倒れていた。どうやら食器を手にしたまま、背後にばったり倒れたらしいが、も、死んでもいいなんて思ってしまった。尊死だ尊死……

 いや、待て待て待て、まだなんにもしていない!

 がばっと勢いよくブラッドが起き上がると、レイチェルが泣きながらすがりついてきた。


「だ、大丈夫ですか! 本当に、本当にお腹がすいていたんですね! すみません、すみません、もっと早くに言っていたら!」


 なにやら勘違いしたレイチェルに手を、ぎゅうぎゅう握られた。

 なんとも言いようのない笑いが、ブラッドから漏れる。

 嬉しいが……煽らないで欲しい。可愛すぎて困る。半泣きで見上げられると、君の唇に目が行くし……ヴァンパイアの吸血行為って、性欲にも直結しているから、食欲と性欲どっちも刺激されるんだよな。

 レイチェルの白金の髪をそっと撫で、勘違いするなとブラッドは己を戒める。


 そうだ、今回のこれは、レイチェル自身がヴァンパイア・キスを望んだわけではなく、女神エイルの指示があったからだ。勘違いして暴走して、レイチェルにあれやこれやなどもってのほか……あれやこれや……駄目だ、鼻血出そう。詳しく想像するんじゃない。

 ブラッドが鼻を押さえうずくまると、ピンク髪の猫獣人ニーナが、ぴょんっと進み出た。


「ブラッド、献血必要にゃ? レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?」

「いや、いらねーよ」


 こいつは本当に脳天気だな。

 ブラッドはため息をつきそうになる。まったくといって良いほど危機感がない。普通、ヴァンパイアにんな真似をすれば、殺されるっつーの。ちったぁ考えろ。ヴァンパイア・キスが与える快楽は、獲物を捕らえるための罠なんだよ。逃げる気をなくすためのな。


 唯一の例外が、愛情がある場合だ。

 そう、ヴァンパイア・キスは獲物を逃がさないための毒だが、相手に好意を持っている場合は求愛となる。殺せば獲物で、生かせば求愛。至ってシンプルで分かりやすい。そして俺の場合、レイチェルがいる手前、人間は殺せない。相手を生かす以上、どうしたって求愛行動になっちまう。だから、いらないと言ったのだが……

 そこでブラッドははたと気が付き、すっと青ざめた。


 ――レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?


 そうだ、レイチェル一人で足りるわけがない。二百年断食だ。体がからっからに乾いている。吸血が可能になれば歯止めがきかず、レイチェルの血を飲み干してしまう可能性が大きい。それでも足らずに周囲に襲いかかる可能性も……

 まずいまずいまずい……

 脂汗が浮かぶ中、ずいっと大柄な女剣士ジョージアナが進み出た。


「お前さ、どれくらい吸血していない? レイチェルに食いついて、本当に大丈夫か? ぱっと見、相当飢えているように見えるけれど……。そういった状態のヴァンパイアって、手当たり次第に人間を襲う場合もあるぞ?」


 ジョージアナの指摘に、ブラッドは頭を抱えた。

 ああ、その通りだよ! どうしろっつうんだよ!


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