BL小説の鬼畜攻め主人公の寝取られ婚約者に転生してしまった
はなまる
第1話 BL小説世界へ転生してしまった
BL小説というものを、知っているだろうか。
端的に言うならば男性同士の恋愛小説だ。『ボーイズラブ』の略であり、男性よりは腐女子と呼ばれる女性をターゲットとしているものが、そのジャンルに相当する。
かく言う私もその界隈へとハマった経験がある。なぜか徐々にディープな方へと向かってしまう
このBL小説、男性同士の性描写ばかりが取り沙汰されたりもするが、これがどうして。なかなか読み応えのある純愛モノも多く、普通に面白い。
男女間の恋愛に比べて障害や
私の最推し作品は『
主人公は田舎町の名家の子息で、剣の英才教育を受けて育つ。家の期待を一身に背負い領主からも目をかけられて、幼い頃からコツコツと努力を重ねて来た優等生だ。名をハオランと云う。
面倒見の良いハオランは、下町の少年たちの憧れであり、時々は剣の稽古をつけてくれる兄貴分的な存在だった。
ある日ハオランは自分を慕う少年の中に、桁違いの剣術の才能の持ち主がいることに気づく。少年の名はシャオ。
『シャオに比べたら自分の技なんて、ただ剣を振り回しているだけだ。才能なんて呼べるものは持っていない』
戸惑い、苦悩したハオランはシャオと距離を取ろうとするが、どんなに冷たくあしらっても、シャオは子犬のようにハオランの後をついて来る。ハオランへの一途な恋心を、隠す様子もなかった。
ハオランは
誰よりもその才能に魅せられ、それ故の歪みはやがてシャオへの加虐性を帯びた性行為へと向かう。
ハオランは『こんなことを続けていては、自分もシャオもダメになる』と、逃げるように都へと旅立つ。
都には領主の本邸があり、ハオランは剣を置き文官としての道を歩きはじめる。
元々頭も要領も抜群に良いハオランは、領主に益々気に入られ婿入りを打診されてそれを受け入れる。婚約者となった領主の一人娘は大人しく控え目で、目立たない女性だった。
そんなある日。成人したばかりのシャオが、変わらぬ素直さと一途さ……そしてより一層眩しい才能を携えてハオランの前に現れる……。
とまぁ、こんな感じで主人公の内面を丁寧に描いた作品だ。『
やがてハオランは己の弱さや限界を受け入れて、自分を活かす道を見つける。
心血を注いだ剣の道を才能という武器を持たずに、それでも必死に歩いてゆくハオランを、私は心の底から応援したものだ。
ちなみにハオランはクール系病み属性の『鬼畜攻め』、シャオは生意気少年で『わんこ受け』だ。
『鬼畜攻め』は、加虐性癖を持つ入れる側、『わんこ受け』は犬が尻尾を振って懐くようにパートナーを慕う、受け入れ側を意味する。何を、とは聞かないで欲しい。
この小説、シャオとハオランのエピソードは濃厚に描写されるのだが、ハオランの婚約者はほぼ空気と化している。
主人公が泥沼化した同性愛から逃げる手段として都合良く現れ、二人が再会するとあっさりと身を引いてしまう。
そのくせ実は、人知れず辺境の村でハオランの子供を産んでいて、紆余曲折を経て強く結ばれたハオランとシャオは、ハオランそっくりのその子供を引き取り、三人仲良く暮らしてゆくことになる。ハオランとシャオがその子供と出会った時には、婚約者は既に流行り病で亡くなっている。
私は小説を読みながら、その部分だけは『ちょっとご都合主義だよね』と憤ったことを憶えている。彼女はハオランとシャオだけに都合が良過ぎる存在なのだ。
作中で名前すらも出てこないモブキャラではあるが、自分の似たような
結婚を目前に控え、あまつさえお腹にハオランの子供が宿った状態での破局だ。しかも舞台は中華風の戦国時代。シングルマザーに手厚い福利厚生のある世の中ではない。彼女の苦労と末路を考えると、涙なしではいられなかった。
そもそも、客観的に見たら結婚前に先に手を出した婚約者がいるのに、シャオとちちくり合う
シャオもまた然り。尻尾と剣をブンブン振りながら、周囲のことなど一切考えずに、ハオランを真っ直ぐに追いかける。
可愛いよ! 可愛いけども!
いくら、いずれ破天荒な英雄になるとはいえ、もう少し常識も学んで欲しいと思わずにはいられなかった。
そう……。シャオはいずれ国を救う英雄となるのだ。コンプレックスを克服したハオランは、その隣に並び立つ軍師となる。
だが、それはソレ。これはコレである。
ハオランとシャオの恋愛の咬ませ犬のような、感情の描写されない婚約者が、私は不憫でならなかった。
私がその婚約者だったとしたら、きっと言ってしまうだろう。いや、断固として言ってやる。
『お前ら二人とも、ちったぁ気ぃ使えよ!』
……と。
百歩譲ってモトサヤに収まるとしても、仁義ってもんがあるだろう? 特にハオラン! 良い大人が、自分のことしか見えない聞こえないで良い訳がない。
自分が悩み苦しんでいるからといって、人を踏みつけて良い理由にはならないのだ。
つーか、結婚を控えて幸せいっぱいな筈の娘さんがいなくなったのに、おかしいと思わんのか? 探せよ!
どう考えてもお前らのせいだろう。少しは心配するとかないのか? 鬼か⁈ ああ……鬼畜攻めだった!
作者さん、婚約者の扱いが雑過ぎるよ……。
大切に育てた娘を
と……そんな感想を抱いていた。
だから……なのだろうか?
読者の誰もが、主人公カップルの恋愛模様に夢中になるべき場面で、消えるのが正解であろうモブキャラに感情移入した。
だから? だからこんな状況になっているのか? そんな些細なことで?
現状を説明しよう。
私は今、婚約者の住む宿舎に合鍵で入り、情事が繰り広げられているであろう部屋の前にいる。今日は午後から結婚式の打ち合わせのために、約束をしていたのだ。時間が空いたので早めに訪れてみればコレである。
部屋の中からは、明らかに真っ最中の生々しい声が漏れて来る。
愕然として立ち尽くし、鍋を被ってガンガンと叩かれているような頭痛に襲われた。そして、それが治まるにつれて前世で読んでいた小説の内容を思い出したのだ。
地名や『ハオラン』って婚約者の名前……なんか聞き覚えがある気はしてたんだよ!
お気に入りの小説『篝火』の、名前すらないモブ……主人公の仮面婚約者はルォシーという。今生での、私の名前だ。
小説で婚約者はドアの隙間から中を伺い見てしまい、ショックを受けて走り去る。そしてその足で行方不明になってしまうのだ。
いかにも彼女のやりそうなことだ。ルォシーは、ハオランに心底惚れていた。
彼女のショックが婚約者の不貞に対するものなのか、男性同士の情事の現場を見たことによるものなのか、はたまたその内容にドン引いたのかは描写されてはいなかった。
だが今の私にはその心情を、鮮明に伺い知ることが出来る。なんせ本人だ。
全部だよ! 全部!
自慢ではないが、今生の私は蝶よ花よと育てられたお嬢さまだ。自分の恋愛にさえ初々しい箱入り娘だ。こんな強烈な濡れ場に免疫はないし、ド修羅場に立ち向かう勇気などある筈がない。
だがそれは、記憶が戻る前の私だ。今の私には、前世で世間の荒波に揉まれた経験と、小説の知識がある。
傷は浅いぞ! しっかりしろ!
いや……浅くはないな……。ハオランへの恋慕や未練も、裏切られたショックや怒りもある。記憶が戻ったからといって、別人になった訳ではないのだ。
私は大きく深呼吸を三回繰り返してから、意を決して思い切り良くババーンと開き戸を開けた。なるべく寝所の方を見ないようにしてツカツカと部屋に踏み込み、雨戸と窓を全開にする。
さあ、ここからが正念場だ。
作者が描写しなかった、影の薄い仮面婚約者の見せ所だ!
モブにだって
私はギリリと奥歯を食いしばり、腹から声を出した。
「まずは離れて服を着ろ! そして正座だ!」
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