第39話 「正々堂々と卑怯に」

「本当か? まだ相手の動きが終わっていないのに途中で分かった気になって、攻撃に移っていないか?」

「最後まで見てたら、ナイフで真っ二つだろっ」


 車の後部座席に放り込まれながら反論する。

 堺井は運転席に回り込み、両手でしっかりハンドルを握った。


「行動の終わりと結果は違うぞ。お前がナイフで切り裂かれるのは結果だ。行動の終わりは、相手がナイフを振り下ろした瞬間だ。一度振り下ろしてしまえば、もう相手がやめようと思っても、完全に止めることはできない。相手自身が制御できない域に達したら、そこから先は結果にしかなりえないんだよ」

「何言ってんだ、ずっと」

「そのうち分かる……いや、分からないかもしれないな。お前はどうも頭が足りない」

「何だと! ろくに指導してくれなかったおかげで、あんたの家に俺の死体入りの棺桶が届いても知らねえからな!」

「そう喚くな」


 堺井は意にも介さない様子で車を発進させた。が、なおも喚き立てる鎌田に考えを変えたか、ミラー越しに鎌田を見やった。


「それなら、率直に言わせてもらうが、ナイフを持っていた人には勝てないと思うぞ」

「ああ? ならどうやれば勝てるのか教えろよ!」

「そうは言っても、私は相手の動き方を知らないから、どうすればいいなんて言えようはずもないだろう」

「……命が懸かってんだよ」


 歯の隙間から絞り出すように言うと、堺井は鼻を鳴らした。


「知っている。そのうえで言ったんだ。勝てない相手に無理に挑むんじゃない。どんな強敵にもめげずに立ち向かうのは悪いことじゃないが、それは安全が確保された場合にのみやるべきことだ。本当に命懸けのやり取りをするなら、無理に戦おうとせず、逃げるのも一つの手……いや、逃げこそが最良の手だぞ」

「逃げたら俺以外の誰かが死ぬ!」


 鎌田は盾なのだ。盾であり、同時に剣でもある。鎌田が逃げれば、盾に隠れていた心臓が一突きされてしまう。そうなれば、何もかもがおしまいだ。


——逃げるわけにはいかねえんだよ!


 何より、己の矜持に反している。

 敵を前にして逃げるなど、敗北以外の何物でもない。


 じっと堺井の後頭部を睨みつけていると、彼は大きくため息をついた。


「何を面倒なことに巻き込まれているんだ」

「あんたには知ったこっちゃねえよ」

「一応、仮の身元引受人なんだがな」


 堺井は考え込むように口を閉ざした。


 少しして、渋滞を避けるために脇道に入りながら言った。


「叔父としては、そんな危ないことはするなと釘を刺すべきなんだろうが……」


 その言葉を聞いて、鎌田は目をしばたかせた。改めて考えてみれば堺井の言うとおりである。鎌田が殺されかけたことを堺井は察しているだろうに、なぜだか鎌田を止めようとはしてこない。


「何で止めねえんだよ?」

「お前はともかく、碧海くんをはじめとしたお前の友達は頭が切れる。その彼らが、お前が戦うことを求めているのなら、私は口出しするつもりはない」

「やけにあいつらのことを買ってんだな」

「人を見る目はあるつもりだ」


 鎌田が自分の腕に自信を持っているのと同じように、堺井もまた自分の目は誰にも負けないという自負がある。そんな堺井に友達を認められて、鎌田は少しだけいい気になった。


「いいやつらなんだよ」

「それには異論ないが……彼らのために自分の命を投げ打つのか」

「投げ打つ気はねえったら! どれだけ青臭えと思われても、俺は全員が助かる方法を知りてえの! だからじじいんとこに行ったんだよ!」

「お前はもう少し自己中心的なのかと思っていたよ」

「何だそりゃ。俺は正義のお侍さんになりたいんだよ。義理人情に厚くて、誉を大事にするような、そんな人間になりてえんだ」


 そしてそれが、目の前にいる堺井だ。どこか澄ましている感じがどれだけ憎かろうと、それだけは変わらない。

 心の中で苦々しげに思うと、堺井は珍しく声を上げて笑った。


「ガキくせえな」

「う、うるせえよ!」

「悪いことだとは言っていない。……そうだな、お前は真正面から戦って負けたんだろう?」


 堺井の口調から弾んだ調子が消え、鎌田は無意識に背筋を伸ばした。


「なら、逃げろ」

「はあ!? 俺の話聞いてたか? 逃げたら負けなんだよ!」

「違う、正面から逃げろと言っているんだ。誰が正面から正々堂々戦えと言ったんだ? 幸い、この世界は三次元だ」

「……空中戦を仕掛けろってのか?」


 堺井はにやりと片笑んだだけで、何も答えなかった。

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