第36話 「あの日の真相」

「『渡辺万太が捕まっていたこと、誰に話した?』って」

「何だって!?」


 またしても大声を上げてしまったが、今度は誰も咎めようとはしなかった。神楽は難しい顔をして黙りこくり、渡利でさえ目を皿のように丸くしている。


――渡辺くんの件には、関係ないんじゃなかったのか!?


 キョウロウ自身、会話の中で渡辺万太殺しにはかかわっていないと暗に話していたようなものだ。それなのに、向こうから言及していたとは。


「渡辺くんが誰かに捕まっていた……というのは?」


 一足早く我に返った神楽が問うと、結城は不安そうに彼を見返した。


「警察の人にも話したんですけど、これも含めて、春生くんのことは誰にも言わないように、って。もう言っちゃったんでアレですけど……」

「その辺りは気にしないでください。きみが疑っている通り、僕らは竹蔵くんの件も含め、一枚噛んでいるところがある。遠慮せずに話していただいて構いませんよ」

「その一枚噛んでいるっていうのが、すごい怪しいというか」

「有り体に言えば、僕らも真相究明に奔走してるんですよ。警察の方々と同じくね。それで?」


 結城はうつむき、ぽつぽつと語り始めた。


「僕、万太とは仲がいい方で。学校じゃよく話してたんです」


 渡辺万太は快活で人懐っこい性格をしていたらしい。対して結城は内気で泣き虫。

 本来ならかみ合うはずもなかったが、彼とは不思議と馬が合ったのだという。


 ある日……結城はそう表現したが、実際には渡辺が殺された前日だろう。その日の夜、つまり渡辺が殺される数時間前、結城は彼と電話をしていた。渡辺はお世辞にも勉強ができるとは言えず、テストが近くなると、空いた時間を使って勉強を教えていたらしい。

 いつものように渡辺から電話がかかってきて、結城はさっそく渡辺が苦手な数学の教科書を開いた。


『それじゃ、今日も……』

『悪い、今日は無理だ』


 開口一番、渡辺はそう言ったらしい。


『俺、ちょっとやることあって』

『用事? 夜中に何かあるの?』


 寮生は消灯時間を過ぎたら、部屋から一歩も出てはいけない決まりだが、自宅にいる渡辺にそんな決まりはない。深夜に見たい番組でもあるのだろう、と何気なく問うと、渡辺はどもりながら答えた。


『……ちょっと用事があるんだ。だから、今日はなしで……』


 渡辺はそこで言葉を切り、一転して切迫感のある声で言いかけたという。


『けいびい……!』


「誰かに遮られた感じでした。その後、すぐに電話が切れたんです。あの時、もっとちゃんと話を聞いておけば……」


 碧海は神楽と顔を見合わせた。

 結城は親友の渡辺とルームメイトの竹蔵、二人をほぼ同時に失っている。その心痛は計り知れないだろう。


「ホント、僕のせいで人が死んでばっかりだ。僕がうまくやれば万太を助けられたかもしれないし、春生くんだって僕が早起きしておけば……」

「タラレバ気にしてもしゃあないで。タイムマシンなんてあれへんのさかい」


 渡利が慰めようと口にするが、逆に結城の神経を逆なでしてしまったようだ。


「しゃあないって、そんな軽い言葉で済む話じゃないんですよ!」


 もちろん、渡利に悪気などない。ただ、渡利のエセっぽい関西弁は、どうしても言葉の意味を軽くしてしまう節がある。


「そ、そないなつもりじゃ……。このしゃべり方、損なことばかりや。直そうかな」


 しょんぼりと肩を落とし、あながち冗談でもないような口調でぼやく。『軽い言葉』という表現が随分と深いところに刺さったようだ。

 これには結城も慌てたように両手を振った。


「そ、そういうつもりじゃ……そんなこと言わないでください!」

「もうええよ……いいよ……。俺がやめればいいんだから」

「僕が悪かったですから!」

「人を傷つけるくらいやったら、普通にしゃべるし」


 渡利は完全にいじけてしまっているし、結城は今にも泣いてしまいそうだ。


――困ったやつだなあ。


 とはいえ、碧海がここまで真相に近づけているのも、渡利の底なしの明るさがあってこそのことだ。彼がいなければ、かなり早い段階で心が折れてしまっていた気はする。


「まあ、渡利はほっとくとして……」

「なんでやねん!」

「結城くん、渡利の言うとおりだよ。タラレバを気にしても、過去を変えられるわけじゃない。そもそも、きみのせいで……きみのせいで二人が亡くなったわけじゃないんだから……」


 碧海の言葉はどんどん尻すぼみになっていった。


――きみの、あなたのせいじゃない……。


 碧海がいやというほど聞いた言葉だった。


 そして碧海は、その言葉を鵜呑みにできるほど幼くはなかった。

 それは三年たった今でも変わらない。むしろ、自責の念は強まるばかり。


 心にぽっかりと空いた穴には、時折痛みさえ走るような冷たい風が吹き抜けるのだ。


 ふと、タイヤの擦れる耳障りな音が聞こえた気がした。


「……いや、やっぱり僕のせいです」


 かつての碧海が発した言葉と、まったく同じ言葉が結城の口から放たれる。


 碧海の胸中に、どす黒い粘着質な何かが湧き上がってきた。徐々に形を持ち始めたそれが、外に飛び出そうと鎌首をもたげる。


 碧海がどんよりとした目を結城に向けたとき、彼は毅然と背筋を伸ばしていた。


「僕のせいだ。だから、二人がどうして殺されなきゃならなかったのか、誰に殺されたのか、それを明らかにする義務が僕にはあると思うんです。だから、警察の人に言われたとおり、何も言わずにいました。警察が真実を暴いてくれると思ったから」


 碧海は息をのんだ。少し前まで泣きべそをかいていたとは思えない。


 黒い化け物が、波が引くように退いていった。


「でも、僕がさらわれて、助けに来てくれたのは先輩たちだった」


 そこで結城は顔を赤らめ、少しうつむいた。


「まあ、そういうわけで、こうして皆さんに話してるというか。ほら、タイムマシンもないから、過去にも戻れないし……今やれることをやるしかないと思って」

「ぶえっくしょい!」


 明らかに渡利に向けた言葉だったが、当の本人は盛大なくしゃみをしていて聞いていなかったようだ。


「んあ? なんか言ったか?」

「い、いえ。その、関西弁の件は……」

「ああ、やめた! 俺のアイデンティティやしな! そいで、電話で話した後、何があったんや?」

「ほら、渡利はほっといていいって言ったでしょ」


 渡利のメンタルの強さと切り替えの早さは一級品だ。慰めるまでもない。


 結城は肩透かしを食らったように目をしばたかせたが、すぐに表情を引き締めた。


「『別に、なんでもない』。そう言って、万太はすぐに電話を切ってしまいました。ただ、その後に『けいびい』って言いかけたんです。訊き返そうと思ったんですけど、もう切れちゃってて……」

「警備員とか?」

「そう言っているように聞こえましたけど……」


 結城は眉尻を下げた。自信を持って言えるわけではないらしい。


「それで?」

「スピーカーで電話してたので、部屋にいた春生くんも会話を聞いていたんですよ。二人でなんだったんだろうって言って、それっきりです。次の日、朝起きて廊下に出てみたら……殺されていました」

「それが昨日……」


 そして結城が拉致されたのが今日。


「警察を呼んだら、いろいろ事情聴取を受けて……。警察の方から万太の話題を出してきたんで、電話の件について話したんです。そしたら、血相変えてメモを取り始めて、このこと含め誰にも言わないように、って」


 僕が知ってることはこれで全部です、と結城は話を締めくくった。


「これは、なかなか面白いことを知れましたね」


 神楽が腹黒い笑みを浮かべる。

 碧海は力強くうなずいた。


「これで全部の殺しの犯人が分かるかもしれない」


 動機はまだ分からない。だが、犯人さえ分かれば、そこを起点に動機を導き出すことができるはずだ。

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