第24話 「本当の号哭」

「普通科一年の渡辺万太くん、同じく普通科一年の竹蔵春生くんが、この世を去りました」


 生徒たちは一気に色めき立った。それもそのはずで、碧海たちとは違い、普通の生徒たちは事件が起こったことすら知らないのである。中には呆然と涙を流す生徒もいた。


「警察の方々が、全力を尽くして真相の究明に当たってくださっています。突然のことで、受け入れられないかもしれません。もし心身に不調を感じたら、遠慮なく先生や養護の方に話してください。保護者の方には、追ってメールをし、説明会を開くつもりです。もし根拠のない情報が出回っても、安易にそれを信じないようお願いします。捜査中のため、詳しいことを話すことはできませんが、説明会では警察の方に同席していただくつもりです。マスコミから声をかけられても、亡くなった二人については話さないようお願いします」


 ぼそぼそとしたしゃべりで説明が続く。


――殺人ってことは隠すつもりなんだな。


 少なくとも、生徒の前では。さすがに保護者向けの説明会では詳しいことを説明せざるを得ないだろうが、碧海たち生徒に向けては、ただ二人が死んだということだけを伝えるつもりらしい。


 ちらりと横を見ると、夏目は目を閉じて舟を漕いでいた。

 うつらうつらと動いていたその頭がぴたりと止まり、うっすら目を開けて碧海の視線を受け止める。


 きみか、とその口が動いた。


 碧海が慌てて首を振ると、夏目は再び興味を失ったように居眠りを始めた。


「今日は、授業はありません。このまま、まっすぐ家に帰ってください。くれぐれも寄り道をしないこと。本当は今週いっぱい授業がある予定でしたが、今日から冬休みとなります。冬休みの課題などは、近々行われる説明会で配布する予定です」


 ぺこりと頭を下げ、校長はステージから下りた。その手には演説中ずっと見つめていたカンペが握られている。九割方、教頭が書いたものだろう。


「校長先生、ありがとうございました。それでは……」


 簡単な事務連絡があり、二人の生徒の死で始まった集会はあっけなく幕を閉じた。

 当然それで生徒が納得するはずもなく、ほとんどの教師が質問攻めにあっている。


「先生、二人はなんで死んだんですか?」

「誰かに殺されたんですか?」

「犯人はまだ捕まっていないんでしょ?」

「私たちは大丈夫なんですか!?」


 まさに阿鼻叫喚の図だ。


 碧海は人込みをかき分け、ひっそり体育館を抜け出そうとした。教師はもちろん、寮生も質問攻めを受けている。このまま長居していたら、面倒な生徒に捕まってしばらく返してくれないだろう。


——三人は……。


 ルームメイトの姿を探していたところで、耳をつんざくような甲高い泣き声が響いた。


「なんで、なんで死んじゃったの!?」


 体育館の喧騒が止み、泣き声の主に視線が集中する。泣いているのは、碧海と同じく二年生の女子生徒のようだ。他クラスの生徒のため、名前までは分からない。涙で化粧が崩れ、周囲の女子たちに慰められている。


「何だあれ」

「知り合いやったんかな」

「あ、二人とも」


 いつの間にか、隣に鎌田と渡利が並んでいた。気持ちは分からないでもないが、あそこまで泣き叫ぶほどだろうか、とでも言いたげな微妙な顔をしている。


「知ってる? あの人」

「いや、知らん」

「俺、去年同じクラスだった。三宅みやけ麻央まおって言うんだが、なんだかなあ、うるせえやつなんだよ。授業中に化粧直したりするし、気に入らねえことがあるとキイキイうるせえし」


 要するにうるさいらしい。

 忌々しげに話す鎌田をいさめてから、碧海はまだ泣きわめいている三宅を見やった。


「知り合いだったんだろうな」

「まあ、気持ちは分からんでもねえな。俺だって、春生とは知り合いだったし……」

「どうして、どうしてなの、神楽くん!」

「は?」


 帰りかけていた足を止め、そろって三人で振り返る。


 女子たちに囲まれていた三宅が、微妙に顔を引きつらせる神楽の腕にすがっていた。


「あ、あいつ、同じクラスだったのか」


 鎌田は呆けたように言った後、口元を押さえて顔を逸らした。肩が震えている。すっかりツボに入ってしまったらしい。


「三宅さん……その、亡くなった方とお知り合いだったんですか?」


 咳払いをして嫌そうな表情を消してから、神楽は柔らかく問いかけた。床にへたり込んだまま神楽のブレザーに顔をうずめていた三宅は、ブンブン髪を振り回す。


「違うけど、でも、悲しくて……!」

「違うんかい!」


 渡利だけではなく、この場にいる全員が思ったことだろう。唯一思っていなさそうなのは、三宅本人と、その取り巻き数名だけだ。


 誰もが呆れた表情をしている中、神楽は微笑みを絶やさなかった。うんざりしている様子など微塵も見せず、ブレザーを翻して三宅のそばにしゃがみこむ。


「そうやって、故人を想うことができるのは素敵なことだと思いますよ」

「本当?」

「ええ。……普通の学校生活を送るうえで、同じ学校に通う仲間が命を落とすことなんてめったにありません。それも、二人同時に。悲しく思うのは当然のことですし、泣きたくなる気持ちも分かります」


 三宅は陶酔したように何度もうなずいている。

 神楽は歯の浮くような台詞をしばらく続け、最後に三宅の手を優しく振りほどいた。


「だから、もう泣かないでください。きれいなお顔が台無しですよ」

「うん!」


 B級な恋愛ドラマでも聞かないような台詞だ。


「ひゃあ、俺、さっきからさぶいぼ止まれへん!」

「同じく」

「も、もう俺、外に出てようかな。これ以上我慢できそうにねえ……」


 ドン引きする碧海や渡利と違って、鎌田は目尻に涙まで浮かべている。


「それじゃあ、また」


 ようやく口説き終わったらしい。神楽本人にそのつもりはないのだろうが、完全に三宅の目がハートマークになっている。


 颯爽と歩み寄ってきた神楽に、碧海はため息交じりに言った。


「女子を口説くのも大概にしておけよ……」

「いえいえ、口説いているつもりはありませんよ。涙を流す女性を慰めるのは、男の責務じゃないですか」

「またそういう……。どうするの、告白されたら。好きでもないのに思わせぶりなことを言っておいて、実際そうなったら断るんだろ。それじゃあ向こうがかわいそうだ」

「僕だって、いつもあんな対応をしているわけじゃありませんよ。……それに、たぶん僕が告白されることはないかと」


 先を歩いていた神楽は、碧海の肩越しに三宅を見やった。


「彼女は、死者を涙を流してまで悼んでいる自分が好きなんですよ。それに、彼女には想い人がいますから」

「それならいいんだけどさ……」


 先ほどから鳥肌が止まらない。それは渡利も同じようで、彼は神楽を睨みつけた。


「さぶいぼ立ったんどうしてくれるん? ずっとぞわぞわすんねん」

「さ、さぶいぼ? ってなんですか?」

「鳥肌のことだよ。関西だとそう言うんだ」

「へえ、そうなんですか。知らなかった」


 神楽が素直に感心していると、渡利が戸惑ったように首を傾げた。


「なあ、さぶいぼって共通語ちゃうん? 碧海、普通に分かっとったやろ」

「兵庫って一応関西圏だし。聞いたことはあった」

「え、兵庫?」

「ああそこから……」


 兵庫出身だということは、鎌田にしか話したことがなかった。


 四人並んで学校の正門を抜けながら、碧海たちは会話に花を咲かせた。


 体育館から聞こえてくる、三宅のものではない本当の号哭に耳を塞ぐようにしながら。

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