第14話 「トリプルマーダー」

「勝手に気絶したあ!? なんやそれ?」


 碧海の話を聞いて、渡利は素っ頓狂な声を上げた。鎌田と神楽も目を丸くして話に聞き入っている。


「俺はぶっ倒れたチンピラを見ただけだったから、てっきりお前が倒したものかと」

「違う違う」


 碧海を襲った伏兵の男は、あの破裂音の直後に気を失ったのだ。感電したように体が痙攣しており、一時は碧海にもその症状が現れた。体が動かなくなり、視界がブラックアウトしたのである。

 十秒もたたないうちに痺れは消えたものの、男はいつまでも震えていた。不思議に思って男の体を検めてみると、背中に三、四センチほどの円筒がくっついていた。ジジジと電気の流れる音がしており、どうやら男が気絶したのはその電流を喰らったかららしい。

 碧海の体が一瞬とはいえ痺れたのも、男の体を通じて感電したからだろう。幸い後遺症はほとんどない。強いて言えば、まだうまく舌が回らないことくらいだ。


「あの筒が何だったのかは分からない」


 黄色と黒の縞模様で、傍目にはスズメバチに刺されているようだった。実際は小型のスタンガンといったところだろうか。

 しかし、あの場には碧海と伏兵の男以外は誰もいなかった。背後からひっそり忍び寄ろうにも、碧海の目に留まらないはずがない。


「なんやこう、スイッチ入れたスタンガンをぶん投げたとか」


 シュパッと、と効果音を入れながら仮説を立てる渡利に、神楽が首をかしげる。


「でも、背中にくっついてたんですよね。投げたスタンガンが、そううまくくっつくでしょうか」

「ほら、ちっちゃな棘が付いとって、ひっつき虫みたいにくっつくんちゃうか?」

「ああ、なるほど」


 神楽はうなずいた後、碧海の方を見た。碧海としては首をかしげるしかない。


「そこまでは。感電しても嫌だし、触ってはないんだよ」

「そうでしたか……。しかし、訳の分からないことばかりですね。いきなり襲われたり、かと思えば何者かに救われたり」


 しかも、その救い主の姿さえ目にしていないのだ。加藤から情報を得たかと思いきや、次々と謎が増えていく。


 命を救ってもらったことを素直に喜んでいいのか、一層警戒を強めるべきなのか。微妙な空気になった中、鎌田がぽんと手を打った。


「そういや、夜中に碧海を襲ったあの野郎と、さっき俺がコテンパンにしてやったチンビラどもは仲間なのかな」

「とてもそうは思えないけど」


 片や鎌田相手に本気を出さなかったほどの手練れ、片や七人がかりでボコボコにされた素人である。手を組んでも大した戦力になるまい。


――とすると……。


 碧海は苦い顔を窓の外に向けた。


「僕は二つの勢力に狙われてるのか?」


 一つは真夜中の襲撃者、もう一つは七人のチンピラである。


「ホントにお前、何をやらかしたんだ?」

「僕が訊きたいんだけど」


 恨みを買ったか、見てはならぬものを見てしまったか。


「ただ、無差別っていう線は消えた。二つの勢力から襲われている以上、まさか偶然なんてことはないだろうし」

「背が高いやつを狙ってるってわけでもなさそうだ。チンピラどもはみんな背が高かったし」


 みんな、というほどではないが、七人のうち二人ほどが一八〇センチに近い背丈だった。


「元からそんなことは考えてません!」

「そうか? ま、そうカリカリすんなって」


 やけに上機嫌な鎌田を見て、渡利が不思議そうな顔をする。


「なんや、テンション高いな」

「そりゃあもう、いい憂さ晴らしになったからな」

「ナイフやらバットやらで襲われておいて、よくそんなことが言えるな。いつか足元すくわれるぞ」

「安心しろ、その時はその時で道連れさ」

「怖いこと言うなよ」


 とはいえ、鎌田ならただでは転ばないだろう。今日だけで、そのことだけは確信を持って言える。


 体は小さいながらも、誰よりも大きな不屈の精神を持つ鎌田をちらりと見てから、碧海は神楽と渡利の方に体を向けた。


「それで、そっちは何があったんだ? 飛騨さんと、あとの二人は刑事さん?」

「ええ、そうです。きっと渡辺くんの殺人についてだと思いますよ」


 神楽ができる限り正確に会話を再現する。

 鎌田はうなずきながら聞いていたが、碧海は自分の顔がどんどん青ざめていくのを感じた。


「碧海くん、どうかしましたか?」


 説明の途中で問われ、碧海は震える声を漏らす。


「それ、おかしいよ」

「はい?」

「また殺人が起きたんだ。夜中の避難訓練のときとは違う、また別の殺人が」


 碧海は鈍く痛むこめかみを押さえた。


――午前三時から七時までのアリバイ。


 おかしな点はここだ。


 碧海は三人を順に見やった。


「三時から七時まで。確かにその時間帯のアリバイを訊かれたんだよな?」

「ええ。三時半に放送が鳴って、四時過ぎに解散したと伝えましたが……」


 そこまで自分で言って、神楽も気づいたらしい。しばらく碧海を凝視したあと、なるほど、と静かにつぶやいた。


「なんや、どういうこっちゃねん」

「俺もよく分からん」


 鎌田と渡利が二人して首をひねっている。


「渡辺万太くんが発見されたのは二時半。加藤さんがそう言っていたのは覚えてる? もしあの刑事さんたちがその事件について調べに来たんなら、二時半より前のアリバイを訊くはずだろう。でも、刑事さんたちは三時以降のアリバイを訊いてきた。これってつまり、渡辺くんの件とはまた違う事件が起こったということだよ」

「それだけで、なんで殺人って……ああ、捜査一課って言っとったな!」

「うん。捜査一課は、強盗とか殺人みたいな凶悪な犯罪を専門にする部署だ。それがわざわざ出張ってきたということは、やっぱり殺人が起こったんだと思う。もちろん、ほかの事件の可能性を捨てたわけじゃないけど……」


 その可能性は限りなく低いだろう。殺人と殺人未遂が起こった数時間後に、まったく関係のない事件が起こるとは考えづらい。


「どうなってんだ、ホントに。碧海が殺されかけて、それより前に一年坊が殺されていて、さらにもう一人殺された……。こりゃ、いよいよ俺たちも他人事じゃいられねえぞ」


 殺された生徒の共通点が分かっていない以上、鎌田たちにも殺される可能性は等しくある。


「三時から七時の間に起こったという殺人についての情報は、一切入ってきていないんですよね。加藤さんも知らないでしょうし」


 どこで起こったのかも、誰が殺されたのかも分からない。

 ただ一つ、渡辺万太の件よりは明確に分かっていることがある。


「被害者の身元だ」


 今回、寮生の点呼は行われていない。それはつまり、身元の確認が容易だったということだろう。少なくとも寮生ではないとすぐに判断がついたのだ。


 そこまで考えて、碧海は再びこめかみを押さえた。

 いつにもまして激しい頭痛の波が襲い来るが、それを覆い隠すようにふと湧き上がった違和感が脳内を支配する。


――おかしいぞ。


 渡辺万太は、身元も分からないほどにむごく殺されていたという。

 しかし、第二の殺人の被害者は少なくとも身元の判別ができるほどには遺体が保たれていた。

 そして、その合間に襲われた碧海は、首筋を掻き切られそうになった。裏を返せば、数多い殺し方の中でも体の損傷が少ない殺し方である。


 渡辺万太の件と碧海の襲撃、そして新たに起こった殺人では、事件性に大きな差がある気がする。


――まさか……。

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