第12話 「二度目の襲撃」
左から飛びかかってきたバット持ちの男を足を引っかけて転ばせ、遅れて近づいてきた右の男を袈裟斬りにする。もちろん竹刀では血が噴き出すことはないが、鎌田の手にかかれば刃物よりよほど威力ある武器になる。男は悲鳴を上げて胸を押さえた。襟の隙間からみみず腫れになっているのが見える。
地面でのたうつ二人を尻目に、今度は真正面から別の男が進み出た。両手に棘のついたメリケンサックを装備している。
鎌田は転ばせた男を蹴って黙らせてから、頭上高くに竹刀を構えた。
「っしゃあ、かかってこい!」
そう声を張り上げたときには、すでに動いている。
「うおっ!?」
メリケンサック男はすんでのところで竹刀を受け止めたものの、正面に鎌田の姿はない。竹刀を打ち付けると同時に手放していた鎌田は、自分よりはるかに体格で勝る男に体当たりを見舞った。
「ほら、返せ」
大きくのけぞった男から竹刀を取り戻し、柄を両手で握って熾烈な唐竹割を浴びせる。
男は自慢のメリケンサックを使う間もなく白目をむいた。
「つ、強い! おい、聞いてねーぞ!」
攻める機会を失ったらしい残りの男たちが、地面に転がる三人と鎌田を見比べて震え始めた。最初こそ多勢に無勢とばかりににやにやとしていたが、鎌田の実力を身をもって知ったようだ。
「相手はのっぽのガキ一人だって……」
「くそっ、全員で行くぞ!」
残るは四人。それが一斉に攻撃に転じた。今までは一人ずつに対応してきたが、今回ばかりはそうもいかない。
鎌田は竹刀を正眼に構え直すと、碧海の方を向いて大声を張り上げた。
「小太刀よこせ!」
「こ、小太刀?……これか!」
神楽に飛びかかった加藤を牽制するのにも使った、五十センチほどの短い竹刀である。
竹刀袋の奥に入っていたそれを引きずり出し、碧海は鎌田の方に放った。
鎌田は回転しながら迫りくる小太刀を器用にキャッチした。
「おっ……と。お前、投げるの下手だな!」
「誰もがお前みたいに投げられると思うなよ!」
以前、近所の夏祭りでダーツをしたとき、鎌田は一回目の挑戦でハットトリックを決めるという離れ業を見せたことがある。三本のダーツをすべて中心に当てたのだ。
あとで聞いてみれば、剣術の流派の中には、小刀を投げつけて相手の注意を逸らす技を取り入れているものもあり、その延長でダーツも上手くなったのだという。
「お褒めの言葉をどうも」
鎌田はにやにやと笑い、碧海に背を向けた。
そんな彼は、特定の流派には属していない。本人曰く、どこどこの流派だとか群れるのが面倒なのだとか。らしい話だ。
竹刀袋を握りしめる碧海をさらに下がらせ、鎌田は四人の男と対峙した。
「行くぞ!」
四人の男が鎌田との距離を詰めると同時に、鎌田の方も一歩を踏み出す。四人のうち二人がナイフ、一人が角材、残る一人がバットだ。武器だけで見れば竹刀は決して強いとは言えない。
遣い手が鎌田でなければの話だが。
「さあさあ、斬られたいやつは誰だ?」
などと言いながら、鎌田は四人の中に身を割り込ませた。ナイフを振りかぶった男の腕に向けて竹刀を打ち込む。返す刀で角材持ちの男の額をたたくが、やや威力が足りなかったか、完全に撃退するには至らない。
しかし、その隙に鎌田は残る二人に意識を向けている。
振り下ろされたバットを小太刀で受け止め、その下をかいくぐるように突きを放つ。竹刀の硬い先端が喉仏を直撃し、男はあえいだ。その体を小太刀で押しのけ、振り向きもせずに手の空いた竹刀でもう一人のナイフをはじき落とす。
地面に落ちたナイフを一瞥し、鎌田は舌打ちした。
「もう少し鍛えなきゃな」
これ以上何を鍛えようというのだろうか。
感心半分呆れ半分で鎌田の大立回りを見守っていたとき、スマホに着信があった。控えめに震えるスマホをポケットから引っ張り出し、通知のあったメッセージアプリを開く。
『やばい』
『早く帰って』
『あとシャワー帰りを装えって!』
渡利から三つに分けたメッセージが送られていた。どれも普段の渡利の文面とはかけ離れており、スマホ越しにも切迫感が伝わってくる。
「鎌田、あとどれくらいで片付く!?」
「先に行け!」
スマホを見た碧海が目の色を変えたところを見ていたのだろう。鎌田が竹刀と小太刀を振り回しながら怒鳴り返してくる。さすがに鎌田といえど、四人を撃退するにはもう少しかかるようだ。
「寮で待ってる!」
碧海はそう言い置き、脱兎のごとく駆け出した。
「一人逃げるぞ! 追え!」
「お前らの相手はこの俺様だろ?」
振り返ると、碧海を追おうとした男の進路に鎌田が立ちはだかった。
大小二本の竹刀を大きく掲げ、獣のように吠える。
「さあ、殴らば殴れ! ただし、できるもんならな!」
いっそう力の入った鎌田の気合いの声を背に、碧海は寮に向かって走った。
――あと十分……いや、五分で着くか。
足は遅い方ではない。
碧海は前傾姿勢で住宅街を駆けた。
この調子でいけば、予定通り五分で寮に着ける。
しかし、物事はそううまくはいかないらしい。
「大口叩いていたくせに、まさか逃がすとはな!」
あの男たちは思わぬところに伏兵を残していた。
襲撃を受けた場所からそう離れていない道路のど真ん中で、碧海は脇道から奇襲を受けた。
「わっ! は、放せ!」
碧海は肩をつかむ手を引きはがそうと体をねじった。戦う必要はない。寮の敷地に入ってしまえば、この男も簡単には手出しできなくなるはずだ。
ところが、伏兵の割に男は力が強かった。男の肩をつかんだ碧海の手が簡単に払いのけられ、碧海は地面に転がった。
――や、やばい!
碧海は荒事とは無縁である。拳を握ったこともない碧海が、喧嘩なんて日常茶飯事なチンピラとやり合えるわけもない。
馬乗りになられた碧海の左頬を、男の拳がとらえた。その勢いで後頭部を地面に強打し、目の前に星が散る。
幸い意識こそ失わなかったものの、それも時間の問題だ。
二発目、三発目と頬を殴られる。口の中が切れたか、口内に鉄の味が広がった。
「くそ……やめろ!」
碧海は血を飲み下して歯を食いしばると、横向きに転がって男の下から脱しようと試みた。ようやく男の攻撃が止まり、獲物を逃がすまいと押さえつけにかかる。
「調子に乗るんじゃねーぞ!」
「こ、こっちの……台詞だっ!」
そう啖呵を切ってみても、力量の差が埋まるはずもない。
男の顔に卑しい笑みが浮かぶ。
「これで終わりに……」
その言葉は最後まで続かなかった。
男の笑みが凍り付く。
遅れて、乾いた破裂音。
碧海の体に衝撃が走った。
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