二話


「あのー、ここから先、通してもらえるかな?」


「お、おいお前、この先は危険極まりない辺境だぞ。正気か!?」


 国の西側にて、延々と連なった高い壁の一部にある門付近へやってきた一人の青年に対し、槍を構えた兵士がたしなめるように言う。


「というか僕、島流しにあったようなものなんで。似顔絵が描かれた指名手配用の紙を幾つも貼る予定だって言われてるし、なんか罪状が書かれた紙も持たされてるしで、辺境以外で生活すると捕まっちゃうからしょうがないかと……」


 青年が自身の罪状書を見せると、兵士は意外そうに目を丸くしてみせた。


「お、お前、虫も殺せないような顔して、とんでもない罪を犯したもんだな。『王命により、大罪を犯したこの不埒な輩を辺境行きの刑に処す。最後まで苦しみを味わいながら死ぬがよい』って……。しかも名前すら書かれてないとか。こんなの斬首のほうがまだマシだろ。どんだけ嫌われたんだか……」


「ははっ。一応、これでも【英雄】の一人だったんだけどね」


「何か言ったか?」


「あ、いや、なんでもない」


「まあ骨は拾ってやるから頑張れよ! 開門っ!」


 兵士の言葉とともに門が開いてからまもなく、先へ行ったはずの青年が戻ってきた。


「お、おい、怖くなったからって戻ってくるなっ!」


「いや、骨なら僕が集めたから拾ってくれないかなって」


 笑顔の青年が両手いっぱいに人骨を抱えているのを見て、兵士が飛び出さんばかりに目を見開く。


「い、いつの間にそんなに拾ったんだ!?」


「スピードアップのバフをかけて一気に拾ったよ」


「えっ……バ、バカを言うな。バフじゃそんなに速くならないはずで、気休め程度のものだと聞いたぞ?」


「そうなの?」


「当たり前だ。世間知らずなやつだな。お前、名前はなんていうんだ? あまりにも哀れだから俺が覚えておいてやる」


「僕はシャド――いや、シェイドっていうんだ」


「シェイド……? 聞いたこともねえなあ。シャドウなら聞いたことがあるんだが……って、あれ? もういなくなってる……」




 ◆ ◆ ◆




 国の遥か西側、辺境中の辺境にある村マヌグス。


 そこにある古い修道院には、モンスターの襲来によって怪我人がどんどん運ばれ、回復師や薬草使いのシスターたちが忙しなく走り回っていた。


「も、もう限界です。こうなったら、私も外へ出てモンスターの討伐を手伝います!」


 その中で、シルル=リルフィリアという名の一人の少女が袖を捲りつつ声を荒げた。


「おやめなさい、シルル」


 小さな眼鏡を光らせつつそこに現れたのは、シスターたちを束ねる院長のアメルである。


「で、でも、アメル様! 私、回復魔法とか苦手ですし、怪我人がいっぱいで戦力も低下してますから、今は外でモンスターと戦う人が一人でもいたほうがいいと思うんです!」


「シルル……あなたって人は、回復だけがシスターの役割とお思いなのですか?」


「え……」


 険しい顔をしたアメルの詰問に押し黙るシルル。しばしの間、『回復すること以外に何があるのよ』とブツブツ呟きつつも思考するも、いくら考えてもまったくわからなかった。


(私のバカバカバカ。やっぱりシスター向いてないかもだ――)


「――シルルが戦うならわたしもやるー!」


「ぼくも戦う!」


「おれもおれも!」


「あたちも!」


「うおお! やってやるぜええっ!」


 亜人や人間の子供たちが木の枝や小槌を持って駆け寄ってくると、シルルは慌てた様子でそれを制した。


「こ、こら、やめなさい! あなたたちはまだ10歳にも満たないでしょ。戦うのは15歳以上の大人の役目なんですよ。大人しく言うこと聞かないなら、もう遊んであげないですからね!」


「えー、シルルって子供じゃないの?」


「マジ!?」


「僕らみたいに背もちっちゃいのに」


「まさかシルルが大人だったなんてえ……」


「あたち、知らなかったあー」


「うっ……た、たしかに私は背も低いし子供みたいだと思われるかもしれないですが、これでも15歳の立派なレディーなんですよ!?」


「「「「「わははっ!」」」」」


「あ、笑いましたね!? このー!」


「コホン」


「あっ……!」


 青ざめつつ振り返るシルル。


「私の質問を無視するとはいい度胸ですね、シルル」


「ご、ごめんなさい、アメル様――」


「――もう答えは出ていますけどね」


「えっ?」


「シルル……あなたの持つ空気こそ、この修道院には必要なのです」


「私の持つ空気、ですか……?」


 もしかして変な匂いでもするのかなと自分の服の匂いを嗅ぐシルル。


「そっちの空気ではありません!」


「は、はぃ」


「そういうところです」


「そういうところ?」


「そうです。あなたの底抜けに明るい人柄があってこそ、この修道院は悲愴な空気にならずに済むのです」


「え、えっと、どっちかっていえば、私って根暗なほうなんですけど!? 村長の野郎……じゃなくて、村長様からもお前は聖女というより闇女だなって笑われて二日間寝込んだくらいですから!」


「そういう、正直なところも含めてです」


(な、なんだか褒められてるような、貶されてるような……? でも、よくわからないしこれでいいのか……)


 無理矢理自分を納得させるシルルだったが、まもなくはっとした顔になる。


「って、そうでした! アメル様、まだモンスターとの戦闘は続いてるみたいですから、今のうちに怪我人を奥に避難させるべきでは――?」


「――それなら、もう終わったから心配はいらねえぜ、シルル!」


「あ……!」


 野太い声に反応してシルルが振り返ると、体格のいい男とその肩を借りながら足を引き摺って歩く女性の姿があった。


「村長様! それにクレアお姉様!」


 それはマグヌス村の村長であるマグナと、元S級冒険者として知られるクレアであった。


「ク、クレア、まさかその満身創痍の体で戦っていたというのですか!? まだ古傷も癒えてないというのに……!」


 修道院長のアメルが声を震わせる。クレアは前回モンスターの襲来で子供を庇って深手を負い、昨夜までベッドで安静にしていたのだ。


「……はぁ、はぁ……し、心配かけて、申し訳、ない。だけど、みんながこうして村を守るために戦っているのに、自分だけ、寝てるわけにもかなかった……」


「わりいな、クレア。俺らにもっと力があればこんなことには……くううっ……」


「……た、頼むから泣かないでほしい、マグナ……。まったく、相変わらず涙脆い男だ……」


(さ、さすがです、クレアお姉様、そのお体で、よくぞここまで……)


 緊張して声すら出せないシルル。彼女にとってクレアは憧れの存在だ。かつては凄腕の回復師として修道院の長まで上り詰めたのが、こうして剣士として前線で戦っていて、しかもその実力はどちらも超一流の二刀流だったからだ。


「はあ……せめて俺のほかにA級冒険者があと一人くらいいれば楽になるんだが、全員実力はF級だからなあ、結局はクレアに頼り切りになっちまう。こうなりゃ、村のやつらを徹底的に鍛えるか……?」


 村長が溜息とともに愚痴を零すと、クレアがおもむろに首を横に振ってみせた。


「無理強いはよせ、マグナ。自分が戦う理由は、さらに強くなるためというのもあるが、この村の人々の日常を守るためでもあるから――うっ……」


「お、おい、クレア? 古傷が開いてやがるな。誰か、手当をしてやってくれ!」


「あ、それなら私も――!」


「待ちなさい、シルル!」


「ア、アメル様?」


「あなたは回復魔法が苦手でしょう? 薬草も切らしてますし、今はほかのことを任せます。私も向かうので心配はいりません。それと実は今日、新たに村を訪れてきた人がいるそうです。世話をしてあげなさい」


「そ、それって、私がお姉さんになれるかもしれないってことですよね? 男の人なら弟、女の人なら妹にできますっ!」


「シルル、はしたないですよ」


「はっ……」


 しまったという顔で両手で口を押さえるシルル。


(んもう、滅茶苦茶嬉しいからって子供みたいにそんなに食いつかないでよ、私、頼むから……)


「新しい村人については、私も詳しいことはまだよくわからないのです。少し宿舎で休んだあと待合室に来るみたいですので、あなたが色々と案内してあげなさい」


「はぁーい」


「シルル、返事するときは、お腹に力を入れてキチンと言いなさい!」


「はいっ!」


 胸を張って言うシルルの目はこの上なく輝いていた。

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