第3話 古物商を継いではならない
大旦那様と大奥様の事故は、ありゃ悲惨だったね、誰も予想しなかったし誰も救えなかった。車ごとペシャンコにいってしまってまともに遺体も取り出せなかったと聞く。たった1人残された坊っちゃまの心中はおれにゃとても推し量れねえ。両親を失い後ろ盾を失い、もうすぐ卒業だってのにスクールの学費も払えるかどうかわからねえ。そんな立場に立ったら、先生、どうします?
おれもね、コックとして働きながら黙って坊っちゃまの成長を見守ってきたけれども、あの時ばっかりは見ていられなくって。「坊っちゃま、どうにかこうにか召し上がって頂かねぇと倒れちまいますぜ」って、訛りのひでえ英語で訴えかけてしまうくらいでしてね。
坊っちゃまは1週間何も口にできなかった。食っては吐いて食っては吐いてを繰り返して、泣いて、泣いて、そんでね。「継ぐななんて無理だ」って言ったんですよ。おれが「なにがです」って聞くと、「家業だ」っていうんですよ。
坊っちゃまはどうやら、旦那様と奥様に「家業だけは絶対継ぐな」と厳しく言われていたらしくってね。なんでだか知らねえけどそりゃひでえ話だよって、おれは坊っちゃまに言ってやったんですよ。
あんたは天才だ。アントン家に二度と出ない天才だ、目利きだ。おれはそれを知ってる。それを使わねえでどうするよ、おれが包丁握れねえのと同じくらい勿体ねえこったって。使えるものは使って生き延びねえと、ここで潰れっちまうなんてだめだよ、勿体ねえよと。正直なところをね、こう語ったわけです。
呪いだなんだって知らねえよ、そんな迷信、信じてどうすんだ、今信じるべきものは自分自身じゃぁないかってね。
そしたら坊っちゃま、すんごい憑き物が落ちたみてぇな顔してさ、そうか、そうだよなぁって。
アントン家の財政難が回復したのは坊っちゃまの……ロジャーさまのお陰でしたね。あの人は本物の目利きでさ。あっちこっち世界を渡り歩いて品物を買い付けて、富豪だの、王族だのにそれを売るんです。それがもう、年齢に合わない言葉の巧みさで。あめぇマスクも相まって、繁盛繁盛、大繁盛でさ。
でもねえ。あんなにいい男なのに恋人の1人もできなくって、みんな心配したね。どいつもこいつも坊っちゃまをほっとくなんて見る目がねえなあ!と思ったら、坊っちゃまのほうがラブコールを断ってると聞いたから驚いた、同性愛者なんじゃねえかって思った矢先にね……ロンドンでの仕入れの時だっけな。
あのアンナ奥様と会ったのは、出張中のホテルでだったらしいですよ。詳しいことは知らないけどね。
奥様の印象?いやびっくりしたけど……坊っちゃまらしいなと思いましたよ。もとは美人さんでしたからねえ。
背中丸めて、自信なさそうな暗い女でしたけど、何せあの目利きの坊っちゃまが選んだ女性ですからね。
美しかったんだろうよ。きっと。
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