第11話-3

 集中砲火のようなノックが不破を襲い続けた。男顔負けの打球速度かつ、精密な狙い。不破はほとんどまともに捕球できない。


 改めて、要は紫乃の体を観察した。一本芯があるような美しい姿勢。ただ胸がでかいというだけではない、厚みのある胸板と肩幅。相当鍛えていなければ、あんな体にはならない。


「ハッ、ハッ、ハァッ……畜、生……ッ!」


 へたり込んだ不破に「根性ねぇなぁ」と吐き捨て、「もういい、次」と下げさせる。


「オラどうしたぁ!? ただのゴロを何本ヒットにするんだお前らァッ!」


 マシンガンのようなノックの嵐は、日が落ちかけても構わず続いた。外野は届くか届かないかギリギリのところを打たれて縦横無尽に走りまくり、内野は強烈な打球を何度も浴びせられて全身砂と打ち身だらけ。もう一時間近くぶっ続けのノックに、全員今にも膝から崩れ落ちそうだった。


 ただ、紫乃の目に留まった選手が二人いた。


「セカンドォ、見本見せろ!」


 激と共に火矢のような打球が痛烈に飛ぶ。二塁手の位置につく加賀美は、腰を低く落とした態勢から鋭く一歩を踏み出すと、猫のように飛びつきダイレクトキャッチ。腹から滑り込んだ後も素早く立ち上がり、一塁へ送球。おぉ、とナインから感嘆の声が漏れる。


「内野でマシなのはお前だけだな加賀美! 二遊間入れ替えるか!」


「いえ、僕はセカンドが好きなんで」


 もう一人は、センターを守る爽介。


 フルスイングから虚をつくような浅いフライ。センター前に落ちる寸前、「ほいしょおおおっ!」足から器用に滑り込んだ爽介のグラブが掬い上げた。そのままくるりと前転し、人差し指を唇につけると外国人選手のように天を指す。


「守備範囲の広さは認めるが、飛びつかなくていいボールまでいちいち派手に魅せんな!」


「すぁーせん!!」


「あと、考えなしに走りすぎだ! かなり無駄な動きあるぞ。落下点に最短距離で行け!」


「オレ、ずっとピッチャーだったんで! 許してつかぁーさい!!」


 爽介の無邪気な態度には、紫乃ですら牙を抜かれるみたいだった。実際、爽介の運動神経は要の目から見ても天才的である。体を操る能力だけなら塁をも上回る。他のスポーツでも、少しかじればすぐに凡人を追い抜いてしまうような、まさにセンスの塊。


「まるで動物だな、アイツ」


「中学の時は真水シニアのエースだったんですよ」


 佐藤に言われて、紫乃も「あの真水でか」と驚きを隠せない。


「どおりで肩もいい。センターで使うのも悪くないが、なんで投手やらねえんだ」

「あー、それは、たぶん」


 口を挟んで、要は離れたところでネットに向かって投球練習している夏生の方を向いた。


 夏生と爽介は、幼馴染だ。甲子園のマウンドに立つ夢を叶えるための最初の仲間として、夏生が誘ったのが爽介だった。爽介が野球を始めたきっかけは、夏生のためなのだ。


 以前紫乃と同じようなことを聞いたことがある。その時爽介は、「高校でピッチャーやるつもりはない」と言っていた。それはたぶん――


「マウンドに立てるのは、一人だから」


「……なるほどね。チャラそうだが、アイツ案外一途なのか?」


「もう一本お願いしまーす!」と外野から叫ぶ爽介を見て、紫乃は面白そうに笑った。



「よーし、終了!」


 終わりの見えないノックが永遠に思えるほど続いた頃、待ちわびたその時がやってきた。糸が切れ、全員その場に崩れ落ちたところで、紫乃の楽しそうな声が響く。


「給水したら、また守備につけ!」


「えっ」と全員我が耳を疑った。


「か、監督、終わりって……」


「普通のノックはな。今度はランナーつけてやるぞ。……あ? どうした、給水だっつってんだろ、それとも水がいらねえのか?」


 この世の終わりみたいな顔をしてへたり込むナインは、早くもバットとボールを持って再開しようとする紫乃に慌てて「きゅ、給水ありがてえー!」「お水大好き!」「さっさと立て皆! 死ぬぞ!」と口々に叫んで立ち上がり、逃げるようにベンチに引き上げていった。


 一瞬に感じられた休憩を挟んで、ランナーをつけたシートノック。


 全員、疲労困憊。それでも声は徐々に大きく、揃ってきた。紫乃の怒声、罵声、とにかく口は悪くて荒いが、言っていることは突き抜けるように真っ直ぐ要たちの頭に入って、染み込んでいく。要の脳裏に蘇るのは、あの練習試合の記憶。桜火の打撃は凄まじかった。これだけ強いノックを捌けるようになれば、少しはあの背中に近づける。


 何より、守っている方は自分にボールが飛んこない間は休めるが、打っている方は休みなし。一番苦しいのは、間違いなく紫乃。見ればTシャツ一枚を汗でびしょびしょに濡らして、それでも誰より声を出している。


 この監督をナインが認めるのに、一週間も必要なかった。

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