第4話-2
どこか浮ついた空気の中で、自己紹介が始まった。
まずは三年生が、佐藤から順に挨拶。王城があまりに真っ直ぐ目を見てくるので、佐藤はなんだかテンパってうまく話せなかった。
三年生からバトンを引き継いだのは爽介。底抜けに明るく、お調子者という印象だった。対照的に、誠は寡黙で近寄りがたい雰囲気だった。名前と、一言の挨拶だけで自己紹介を終え、さっさと隣の坊主頭にパスした。
「ひゃいっ!
冗談みたいな緊張ぶりに、どっと笑いが起きる。体格は爽介と同じくらいだが、自信なさげな猫背が、余計に彼を小さく見せた。――正反対に。山路の隣で一歩進み出た少年は、恵まれた体格以上に大きな存在感で、声を張り上げた。
「王城要です。東京から、甲子園に行くために来ました」
大真面目な顔から飛び出した大言壮語に、鈴木と山本が目を見合わせる。佐藤は、声すら出なかった。甲子園――今時、それを臆面もなく口にできる球児は少ない。
「未熟なので、足を引っ張るかもしれません。一日一日を大切に、先輩方を手本にして頑張ります。分からないことはガツガツ聞いてしまう性格なので、うるさいかもしれませんが――これから、よろしくお願いします!」
鼓膜をぶっ叩かれたかと思うような、凄まじい挨拶だった。呆然とする佐藤の横で、鈴木と山本が手を握り合い「やべえよ、絶対上手いじゃんあいつ!?」「ポジションどこだ!? くっそーこの人数ならレギュラー安泰だと思ったのに!」とひそめた声で震えあがる。
わざわざ東京からやってきた甲子園志望の新入生。鍛え抜かれた肉体と、スポーツの世界で頂点に立った者だけが醸せる重圧。佐藤たちの期待と焦燥は膨らむばかりだった。
「こ、こちらこそ、よろしく。えーっと……最後に、そこの女の子は?」
「は、はいっ!」山路ほどじゃないにしろ緊張に顔をこわばらせ、少女が一歩前に出ると、途端にむさくるしい空気が華やいだ。太陽の光を受けて、柔らかい髪の毛が輝く。
(か、かわいい……)改めて少女に見惚れる山本と鈴木の頬がぽっと桃色に染まる。
「一条夏生です! あの、その……ボクも、選手として! 甲子園に行きたいです!」
それは時を止める言葉だった。沈黙を嫌ってか、鈴木と山本が「……お、おおっ!?」「ほおっ!?」とやや遅れて変な声を出す。
佐藤は、少女――夏生が、真っすぐ自分を見ているのに気づいて、電流が走ったみたいに背筋を伸ばした。彼女は、佐藤の反応を待っている。部長である佐藤が、自分を歓迎するのか、拒絶するのか――今にも泣きだしそうな目に、ギラギラとした光を溜めて。
「ありがとう」
佐藤の第一声に感謝の言葉が滑り出たのは、夏生の恐怖と勇気を肌で感じたからだ。夏生は綺麗な目を大きく開けて、困惑するようにまばたきした。
「今日まで怖かっただろう。僕らになんて言われるかって。ありがとう。勇気を出してここにきてくれて。
人が変わったような雰囲気の佐藤に、三年生も一年生も無意識に居住まいを正した。佐藤慎之介が部長である所以は、たとえばこういうところにある。
「君たちを心から尊敬する。君たちの真面目さやひたむきさ、燃えるような向上心は、この自己紹介だけで十分伝わったよ。それに敬意を表して、僕も、柄にもなく夢を語らなきゃいけない気がする。――甲子園“優勝”。それが僕の夢だ」
幾つもの目が、爛々と光った。爽介は口笛を吹きつつ、誠は凶暴に、要は興奮したように、夏生は安心したように――笑った。
「まさかこんなに仲間が増えるとは。よかったな、キャプテン」
田中が肘で小突くと、震えて裏返った声が返ってきた。
「ゔん……!」
「……泣いてんのか?」
「泣いでない!」
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