第3話-3
教室に集まった新入生は、出席確認を終えると入学式に参列した。
式は退屈だった。校長の口から長々と垂れ流される、寛容で自由な校風が云々、文武両道の精神云々、縦と横のつながりを云々。教室に戻り、学級開きが終わると、あっという間に今日はもう下校ということだった。しかし野球部は、今日から早速活動がある。
要が荷物をまとめているとスライドドアが開いて、爽介たちが迎えにきた。
「夏生、要ー! 部活行くぞー!」
「おー、今行く」
立ち上がり、エナメルバッグを背負って合流しようとした時、背後から声をかけられた。
「あ、あのっ、王城君ってもしかして野球部?」
振り返ると、坊主頭の少年が遠慮がちに要を見上げていた。同じクラスの生徒は全員が自己紹介をしていたが、申し訳ないことに名前を覚えていなかった。
「そうだけど」
「やっぱり! あの、僕も一緒に行っていいかな。挨拶行こうと思うんだけど一人じゃ心細くて……」
ずかずか教室に上がり込んできた爽介が「いいぜいいぜー!」と勝手に歓迎し、もちろん誰も異存はなく、五人でグラウンドへ向かい廊下を歩き出した。
「えっ、小早川君に響君!?
子犬のように目を輝かせる坊主頭――
「なははー、オレたちもしかして有名人?」
「浮かれんなバカ、高校入ったらそんなもん全部リセットだ」
「二人とも全国から推薦の話とか来たでしょ? 地元なら
「来たか?」「わかんね」と、締まりのない二人のやりとりに山路が尊敬の眼差しを送る。
「すごいなぁ。それを蹴って光葉に来るなんてドラマみたい。どうしてここを選んだの?」
「選んだのはこの一条夏生ちゃんだよーん」
爽介に水を向けられて、夏生ははにかんだ。慣れた相手には馴れ馴れしいので忘れがちになるが、夏生はかなりの人見知りである。
「わあ、そ、そうなんだ」と山路も露骨に硬くなる。要があとで聞いた話、山路の中学は男子校で、女子に免疫がついていないのだった。
「一条さんも野球部に? マネージャー?」
山路の素朴な質問に、要と爽介は「やばい!」と反射的に誠の体を抑えた。案の定、誠はギロリとその目に殺気を漲らせ、アゴを突き出して既に喧嘩腰である。夏生はなぜか申し訳なさそうに首を振って、「一応……選手希望なんだ、ボクも」とはにかむ。
山路はぽかんと口を開けた。この学校には女子野球部なんてない。選手希望と言ったからには、男に交じって野球をしようという酔狂人に他ならないのだ。山路の反応は全く無理もないし、夏生自身、こういう反応は予想していたに違いない。
誠が今にも山路に突っかかろうとした時だった。
「――すごい! かっこいい!」
一点の曇りのない、キラキラした眼差しで、山路は自分の両手を組んで叫んだ。
「お……?」と予想外の反応にのけ反る誠。夏生も慣れない反応に戸惑っている。
「女子が野球なんてすっごくかっこいいよ! 一条さん背も高いし、鍛えてる感じするし、上手いんだろうなぁ」
「~~ッ、お前、分かってんじゃねえか!」
見たことのないほど屈託のない笑顔で、誠が山路の肩を抱いた。
「うわっ!?」
「見る目があるぜお前! ウチの夏生は最強のピッチャーなんだ!」
「へえ、ピッチャーなんだ一条さん! 投げてるところ見たい!」
「よぉしそんじゃ早速グラウンドに行こうぜ兄弟! 夏生のピッチングに腰抜かすなよ!? 俺は初めて見たとき腰が無くなった!」
「ちょっと誠、ハードルむちゃくちゃに上げないでよ!」
肩を抱いたまますごい勢いで山路を連れ(誘拐?)走っていった誠を夏生が追いかける。要と爽介も後に続き、一階の下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、目の前にはいわゆる一般的な白土のグラウンドが広がっていた。一目見て、サッカー部と半分ずつ分け合って使っているらしいことが分かった。校舎とグラウンドの間は、緑色の防球ネットが遮っている。
普通の公立高校、という感じのグラウンドだ。普通の公立高校だから当たり前だが。その普通のグラウンドでは、既に何人かの野球部員がベンチ前に集まっていた。
要は夏生の誘いで単身長野にやってきたことは微塵も後悔していない。ただ一つだけ、引っかかっている部分がある。
なぜ夏生が、自分の夢を賭けるチームに、こんな普通の公立高校の野球部を選んだのかということだ。
夏生は愚直に見えて、慎重で周到な女だった。甲子園に行くという大望を抱いた小学三年生の夏から、自分の人生プランをノートまで作って事細かく立てていたくらい。
そのためにはまず強い仲間が必要だと、夏生が選んだ最初の仲間が幼馴染みの爽介。二人目の仲間である誠は、爽介がクラブチームで知り合って誘った。
周知の事実だが、誠は夏生に惚れている。夏生とバッテリーを組みたいその一心で、一度もやったことのなかったキャッチャーというポジションを必死で練習して自分のものにしたのである。要が飛び入りで参加した時、キャッチャーを譲りたがらず勝負まで仕掛けてきた背景にはそんな事情があった。
ただ、夏生は誠が仲間に入ってからもキャッチャー探しを続けていた。自分を女扱いせずに、真っすぐミットを構えてくれる相棒をずっと求めていた。そんな夏生が最終的に選ぶことになる相棒が、まさか初対面の素人になるとは、本人も全く予想しなかっただろう。
そんな夏生だから、当然高校選びにも妥協を許さなかった。県内に留まらず、全国各地の高校の資料で夏生の部屋は埋め尽くされている。要も何度か部屋に上げてもらったことがあるが、あれを見て中学生女子の部屋と誰が分かるだろうかと思う。
そうして白羽の矢が立ったのが――なぜか、この光葉高校だったというわけだ。夏生たちにとってみればバリバリの地元で、甲子園出場実績さえ一度もない無名の県立高校。どうして数ある高校の中からココを選んだのかについて、夏生はシンプルに答えをくれた。
この学校に、ものすごい選手がいるから、と。
要はそれ以上を追求しなかった。爽介と誠は「どこだろうと夏生が決めたところについていく」と姫に仕える騎士さながらの忠誠っぷりだし、要もまた必死に野球と向き合う以外に頭のリソースを裂く余裕がなかった。それくらい野球に没頭していたし、どんな場所でも自分は自分にできることをやるだけだと腹をくくっていたから。
だから、いざ入学して現地のグラウンドを目の当たりにした今になって、この学校の野球部がどんなものなのか、気になって仕方がないのだった。
「行こうか」
「おう」
光葉高校野球部の活動場所へ、五人の新入生が一歩目を踏み出す。
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