第3話-2

 四人は古びた校舎の三階へ上がった。要と夏生の教室である一組の前で別れ、爽介は絶望に打ちひしがれた誠を引きずって二組へ入っていった。夏生と要は出席番号の一番と二番。教室の最右列最前線が夏生の席で、その真後ろが要の席だった。夏生は露骨に嬉しそうにしていた。


「ふふ、要だ、要がいる」


 席に着くなり要の方を振り返って、なにやらニコニコ、当たり前のことを言っている。


「いるに決まってんだろ。お前が誘ったんだろうが」


「うふふふふ、そうだよ、でも本当に来たんだぁ。やっぱり来ないんじゃないかって何度も想像しちゃったんだもん。ああー嬉しいなあ。やっと一緒に野球できるね!」


 見てくれは変わっても、やっぱり夏生は夏生だったことが、要は密かに嬉しかった。


 ちなみにこのとき、片田舎の冴えない教室に舞い降りた、太陽の妖精のような夏生の眩しさに、大勢の男子生徒が目を奪われていた。要もまた、その高身長と雄々しく整った顔立ちから女子生徒に注目されていた。(なんだあの子、可愛い)(けっこうイケメンじゃん)(あとで連絡先聞こう)――新入生たちの青い思惑などつゆ知らず、二人は会話を続ける。


「ちゃんと強くなってんだろうな。昔のままだったらすぐにでも東京へ帰るぞ」


「ふっふっふ、ばっちり進化してるもんねー! 要の方こそ少しはルール覚えた?」


「なめんな。この半年、使える時間全部野球に費やしてきた。体もつくってきたつもりだ」


「あ、思った! 元々デカかったけど、なんか分厚くなったよね!」


 要の上腕や胸をポンポン触り、「固っ!?」と夏生が目をぱちくりさせる。


「どうよ」鼻を鳴らして笑う要に、夏生も負けじと机の下から足を乗り出してくる。


「ボクもかなり走りこんだからね! 下半身ムキムキ! ほら、ここ触ってみ!?」


 夏生が示した太ももは、決して太くはないが、山猫のようにしなやかに引き締まっていた。触ってみると、ほう、これは……強靭な外側広筋とボリュームのある内側広筋、そして見事に発達した大腿直筋……相当鍛えてきたな。夏生は少しでも見栄を張りたいのか、顔を真っ赤にして踏ん張り太ももに力を入れている。


「悪くねえな。けど脂肪が足りねえ。ちゃんと食ってるか?」


「めっちゃ食べてるよ! これ以上食べたら太っちゃう!」


「いや太れよ!? 体でかくするための食事だろ!」


「はい出ました、要の女心フル無視発言!」


「男に勝とうってんならそれくらいの覚悟がいるだろうが!」


 体を触り合いながら揉め始めた要と夏生が醸し出すのは、何人たりとも寄せ付けない二人だけの空間。高校入学初日、彼らに新入生たちが抱いた淡い恋心は、この光景によってあっけなく砕け散った。


 誰もが「あの二人は付き合っているんだ」と悟り、何人かは二人がすでに籍を入れている仲と確信した。一年一組生徒の心の中で、要と夏生は今日より、奇しくも二人の関係を見事に言い当てた格好のあだ名で呼ばれることになった。――『夫婦』。


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