第二十八話 招かれざる客

 年明けからしばらくたち、「神降節しんこうせつ」も終わった頃。シュツェルツは正殿の「ランテアの間」で、ある賓客を迎えていた。


 向かいに座る客人は、噂に違わぬ整った容姿をしていた。短い金髪に緑の瞳。すっと通った鼻筋が見る者にシャープな印象を与える。背はすらりと高く、長身を自覚しているシュツェルツよりも少し低いくらいだ。


 昨日ステラエに到着したばかりの、ヴィエネンシス王太子セレスタンその人である。

 シュツェルツはセレスタンに声をかける。


「馬車での長旅、さぞお疲れのことであろう。部屋を用意しているゆえ、ゆっくり休むとよい」


「国王陛下のお心遣い、まことにありがたく存じます」


 シュツェルツは貼りつけた笑顔の裏で、注意深くセレスタンを観察する。

 昨夜、報告を受けた時は驚いた。

 縁談を辞退したことに対する苦情をヴィエネンシス国王リュシアンが申し立ててくるとしたら、どんなに身分が高くても、適当な王族か外務大臣あたりを使者としてよこしてくるだろう、とシュツェルツは考えていた。

 ところが、リュシアンは縁談の当事者、王太子セレスタンその人を使者に立ててきた。


(やはり、リュシアンは食えない男だな……)


 おそらく、この王太子もそんなリュシアンの血を色濃く引いているのだろう。まだ若いとはいえ、気を引き締めてかからねばならない。


「それにしても、驚いた。王太子であるあなたが、わざわざ使者としていらっしゃるとは……」


 シュツェルツは本音を織り交ぜながら本題に入る。

 セレスタンは苦笑した。全く嫌味のない笑い方だ。


「父はわたしを使者に選ぶ時、自分の花嫁は自分で捕まえろ、と言外に申しておりました」


「それは厳しいご父君であられるな」


 調子を合わせながら、シュツェルツは汗がつうっと身体を伝うような錯覚を覚えていた。

 リュシアンはマレ王室との縁組を諦めていない。

 シュツェルツは鷹揚おうように笑ってみせながら、セレスタンを牽制する。


「しかし、ご父君のおっしゃる通りになさっては、あなたはわざわざ無駄足を踏みにマレまでいらっしゃったことになる」


「と、おっしゃいますと?」


「ご存知の通り、長女である王太女は既婚者だ。次女には恋人がおり、三女はまだ十三歳。現時点で嫁がせることのできる娘はいない」


 セレスタンの顔から表情が消えた。無表情になると、よくできた彫像のようだ。


「父は納得しておりません」


「あなたご自身はどうなのだ、セレスタン殿下」


 セレスタンの顔に笑みが戻る。


「わたしが望むのは、将来の王妃にふさわしい姫君です。そして、マレの王女殿下方は、どなたもご聡明だと伺っております」


 シュツェルツは眉をひそめてみせた。


「あなたのその言い方では、まるで長女が離婚し、次女が恋人と別れることを望んでいらっしゃるように聞こえるな」


「そのようなこと、滅相もございません。特に、ディーケ王太女殿下のご夫君は、シーラムのジェイラス王子殿下でいらっしゃいますから。今、シーラムと事を構えるつもりは、我が国にはございません」


 この王太子が娘の名を口にすると、なんだか腹が立つ。

 それはともかく、さすがのリュシアンも、ディーケとジェイラスの仲を引き裂くという前近代的な手法をとることはないようだ。


(ということは、標的はセレスタンと歳が釣り合い、まだ結婚していないリズか……)


 フェイエリズがハーラルトと交際したいと言い出す前、セレスタンとの縁談を彼女に持ちかけたことを苦い気持ちで思い出さざるを得ない。

 ハーラルトと順調に交際を進めているフェイエリズを差し出すわけにはいかない。もちろん、カトラインもだ。


(うちの娘たちを政略結婚の道具にしてたまるものか)


 とはいえ、外交上、セレスタンを追い返すわけにもいかないのが国王たる身の辛いところだ。

 シュツェルツは内心とは裏腹に笑ってみせた。


「深刻な話はさておき、この幻影宮におとどまりになる間はごゆるりとなされよ、セレスタン殿下」


 これから彼がマレに滞在する間に、何を落とし所にするか、駆け引きを行う必要がある。

 むろん、シュツェルツもただ無為にこの日を待っていたわけではない。以前に、アウリールたちを集めて会議をしてからというもの、考えに考えてきた。


 こちらが用意できるものでセレスタンが納得してくれればよいが……。

 もしもの時は奥の手を使うしかない。

 こちらの内心を知らないセレスタンはほほえんだ。


「まことにありがとう存じます。わたしの部屋は東殿に?」


「いや、現在の我が国は王室の近親者でない限り、賓客は西殿さいでんにお泊めすることになっている」


 西殿は側妾制がシュツェルツによって廃止されるまでは、国王の側妾とその子どもたちの居住空間だった場所だ。

 代々の側妾には王妃と張り合える権力を持った者もいれば、王太子を産んだ者もおり、彼女たちの住居だった西殿も自然と贅を尽くした造りになっている。

 そういうわけで、隣国の王太子の客室として使っても、礼儀上なんの問題もないはずだが、シュツェルツには別の思惑もある。


(リズとカトラインをこの青年と接触させるのは、できるだけ避けたい)


 特に、フェイリズは王妃ロスヴィータと似て真面目なところがあるから、自分がセレスタンとの縁談を受けなければならないのではないか、と思い詰めてしまうかもしれない。


 セレスタンが滞在していることは、間もなく娘たちの知るところとなるだろう。それは止めようがないことだ。

 しかし、娘たちが被るだろう重圧は、父親としてできるだけ軽くしてあげたい。

 セレスタンは金色の眉を下げて笑った。


「残念です。わたしにも一応、国王陛下と同じ血が流れておりますので、東殿に泊まるのを楽しみにしていたのですが」


(誰が年頃の娘たちの住む場所に、花嫁を探しにきた男を泊めるものか)


「すまぬ。近親者しか東殿に泊めないのは、昔からのしきたりでな」


 シュツェルツは目の前の青年を一喝したい気持ちを抑え、そう言うにとどめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る