第二十七話 光溢祭(後編)
トラブルはあったものの、わたしは自分の席に着くことができた。
招待客たちが着席したあとに、侍従長が国王王妃来場を宣告する。大きな両開きの扉が二人の近衛騎士によって開かれると、両親が入場してきた。
一年の労をねぎらうお父さまのスピーチと、お祈りのあとに食事が始まる。
お姉さまたちから先ほどの話を聞いたお父さまは、わたしのいる場所にベルノルトを出入り禁止にすべきか真剣に考えていらっしゃった。もう大丈夫だと思ったわたしは慌てて止めたけれど。
食事のあとはいよいよ自由行動の時間だ。食事を終えたわたしは、再びハーラルトと合流する。
リシエラの姿が見えないと思っていたら、彼女はわたしのコートを持ってやってきた。
「リズさま、こちらをお召しになれば、バルコニーにお出になれるかと存じます」
リシエラったら、気が利きすぎだわ。二階の窓からでも夜景は見られるけれど、一番の特等席はバルコニーなのよね。そして、真冬のバルコニーに出るには、今わたしが着ている、デコルテの開いたターコイズブルーのドレスでは寒すぎる。
冬場に着る実用性より、王族としての格式を重視しているから仕方ない。それに、こういう華やかなドレスのほうがハーラルトも内心で喜んでくれるんじゃないか、という乙女心も重要だ。
「そうね、ありがとう。さすがリシエラね」
わたしが満面の笑みで応えると、リシエラも嬉しそうに笑う。
わたしたち三人は南殿の二階にある「ワイスリーンの間」に上がった。既に二階に上がっている面々は夫婦や婚約者同士が多い。みな、このロマンチックなイベントを満喫する気満々だ。
多分、貴族や廷臣の方々とのお話が終わったら、そのうち両親や姉夫婦もいらっしゃるのではないかしら。
わたしは「ワイスリーンの間」の片隅でリシエラにコートを着るのを手伝ってもらったあとで、ハーラルトに付き添われ、バルコニーに向かう。
リシエラがニヤリとした笑みを浮かべ、「どうぞごゆっくり」と見送ってくれたのが妙に照れくさい。
バルコニーは広間ほどのスペースがあり、わたしたちより先に欄干の前で陣取っている人たちもいる。
みな、それぞれ一緒にいるお相手に夢中なのか、こちらには気づいていない様子だ。気づいていても、お辞儀することで甘い雰囲気を壊したくないのだろう。
去年の「
それはともかく、いい場所を探すのも大変そうね。
「リズ、あそこが空いてるよ」
ハーラルトが指し示した場所は、欄干の端だった。そこだけが、ちょうどぽっかりと穴が空いたように人がいない。
「いい場所ね。行きましょう」
「うん」
ハーラルトとともに、空いている場所に向かう。場所を確保できたので、少しホッとする。
でも、本当の戦い(?)はこれからだ。わたしは今夜こそ、ハーラルトに想いを伝えなければならない。
そうすれば、わたしたちは晴れて相思相愛の本物の恋人同士になり、ハーラルトもきっと喜んでくれる。
「リシエラ嬢には悪いけど、やっと二人きりになれたね」
普段よりも近い距離でそう言われ、ドキリとする。隣り合って見上げたハーラルトは、月明かりに照らされ、なんだかいつも以上に艶っぽく見えた。わたしは若干もじもじしながら応じる。
「そ、そうね」
「十二時になるのが楽しみだね」
「そ、そうね」
さっきから「そうね」しか言えていないじゃない、わたし……! 二人きりになれた今がチャンスなのに!
わたしは子どもの頃に教わった、お父さま直伝の深呼吸をし、心を落ち着かせようと努める。その上で勇気を振り絞った。
「あ、あの……ハーラルト」
「ん?」
「まだ言っていない、大切なことがあって……」
ここまできたら、もう後戻りはできない。わたしは退路を断つ覚悟で、ハーラルトの若草色の瞳を見つめた。
ハーラルトが小首を傾げる。
「何?」
「あなたと付き合い始めた理由は、『小さい頃に好きだったから』と『好きになれそうだから』だった。あなたはそんなわたしをまっすぐに見つめてくれて、いつも優しくしてくれて……」
一音一音確かめるように言葉を紡ぐと、いつの間にか、ハーラルトが真剣な目をしていた。
「今でも俺は、君にとって『昔好きだった幼なじみ』?」
わたしは首を横に振りながら否定する。
「そんなことない! わたし、ハーラルトのことが大好き!」
思ったより大きな声が出てしまった。思わず周囲を見回そうとしたところで、片手で顔を覆いながら欄干の上に崩れ落ちそうになっているハーラルトが目につく。
「だ、大丈夫? ハーラルト」
ハーラルトの形のよい唇から苦しげな声が漏れる。
「……大丈夫じゃない。俺、どうにかなってしまいそうだ」
それから、彼はゆっくりとこちらを向いた。その表情はとても切なげだ。
「本当はね、リズの気持ちは分かってた」
「え!? いつから?」
「君が屋敷の庭園で、俺の手を握り返してくれた時に」
そんなに何週間も前から!? 言ってくれればよかったのに。いえ、それじゃハーラルトに依存しすぎね。片想いならともかく、恋人同士の恋愛は二人でするものだわ。
わたしは欄干にかけられたハーラルトの手に、自分の手をそっと乗せた。
「ハーラルト、これでわたしたち、正真正銘の恋人同士ね」
ハーラルトが口を開きかけたその時、十二時を告げる大神殿の鐘が鳴り響き始め、バルコニーから見える塔にボッと大きな明かりが灯った。
すると、暗かった眼下にいっせいに光が広がっていく。港まで埋め尽くす灯火は、まさに光の海だ。
わたしもハーラルトも歓声を上げ、食い入るように街を見下ろした。
夜風が吹いたので、わたしはハーフアップにした髪を片手で押さえながら彼に笑いかける。
「綺麗ね、ハーラルト」
ハーラルトは何も答えずに、わたしの片頬に手を伸ばした。彼との距離が縮まる。次の瞬間、わたしはハーラルトと唇を重ねていた。
とても長いように思えた口づけは、実際には一瞬だったのかもしれない。
ハーラルトがわたしの頬に手を添えたまま、ニコッと笑う。
そう、わたしは婚約もしていないのに、好きな人と初めてのキスをしてしまったのだった。
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