第二十五話 アウリールの想い
国王執務室「ウィタセスの間」。共同でひと仕事を終え、休憩に入ったメタウルス子爵アウリール・ロゼッテと国王シュツェルツは、お茶を飲みながら室内の椅子に向かい合って座っていた。
アウリールは昨今ではマレでも珍しくなくなってきた紅茶を飲んでいる。一方、シュツェルツは古くからこの国で好まれてきた
「アウリール、よく紅茶なんか飲めるね。わたしはシーラムに留学していた二年間で飲み飽きたよ」
「紅茶もなかなかよいものですよ。シーラムでは様々な種類の茶葉が開発されておりますから。この先もきっと紅茶産業は発展していくでしょう。我が国でも富裕層を中心に需要が高まっておりますし、政府が産業を支援すれば国がますます発展すると思いますよ」
アウリールの返答に、シュツェルツは嫌そうな顔をした。一般にシュツェルツは開明的な君主と見なされているが、こういう頑固なところもあるのだった。
シュツェルツが茶碗をテーブルの上に置いた。
「ところで、この間、リズが君の屋敷にお邪魔したそうだね。ロスヴィータの話によると、リズはとても喜んでいたそうだ。ありがとう」
シュツェルツもすっかり三女の父だ。アウリールの顔は自然とほころぶ。
「とんでもない。わたしは場所を提供しただけで、あとは息子が手配したことですから」
「ハーラルトはリズを大切にしてくれているようだ。やはり君の息子だけあって、今までのリズの恋人たち──そんな風に呼びたくもないが──とは違うね。わたしもひとまず、安心しているよ」
アウリールはシュツェルツの感想に、ほほえむことで応えた。
実際、ハーラルトはよくやっていると思う。あの日のデートは、屋敷を利用して吟遊詩人を呼んだり、庭園を案内したりと、事前準備に力を入れ、当日もフェイエリズを見事にエスコートしていたようだ。
ハーラルトは小さい頃から、泥団子に興味を持ったら、ずっとその作り方を追求しているような、これと決めたことには一心不乱になる性格だった。
他の子どもと比べ、少し変わっているものの、好奇心と自立心旺盛なハーラルトをアウリールはあまり過保護にはせず、むしろ放任するつもりで育ててきた。
両親の愛情に飢えていたせいで、まめにケアする必要があったシュツェルツとは違い、ハーラルトは二親にしっかり愛されていることを認識しながら自分の思う道を進んでいけるだろう。
そう感じてからは、シュツェルツに対してはかなり過保護に振る舞っていたアウリールも妻エルスベトに自分の考えを伝えつつ、親子の会話だけは欠かさないようにして、ハーラルトを近くで見守っていくことに決めたのだ。
父親の目から見ても優秀なハーラルトが資料編纂室に配属されることが決まった時は、本人の意思を確認するために家族会議を開きもしたが、基本的に息子はまっすぐで優しい青年に育ったと思う。
容姿が自分に似ているがために女性に間違えられることが多いのは、親として非常に微妙な気分になる。だが、一々怒っていた自分とは違い、本人はそれほど気にしていないようだ。マイペースというか、なんというか。
そんなハーラルトが大人になってもフェイエリズに思いを寄せ続けていることは、少し心配の種だった。
三姉妹の中で一番シュツェルツに性格の一部と容姿が似ているフェイエリズは、ある時を境に、父王から距離を置くようになる。アウリールは孫のように思っているフェイエリズの変化に首を傾げ、さらに彼女を気にかけた。
フェイエリズは優しく素直だが、それゆえに人一倍傷つきやすい。
恋人を作るようになったフェイエリズの恋愛が続けざまにうまくいかなかった頃は、シュツェルツと一緒に天を仰いだこともある。
正直、身分のことを抜きにしても、ハーラルトとフェイエリズが付き合うのはかなり難しいのではないかと思っていた。
小さな頃から好きだった女の子に告白もできないハーラルトと、まるで何かに追い立てられるように恋愛に積極的なフェイエリズでは、あまりに対照的だ。
それでも熱の冷めないハーラルトの気持ちにどう対応していくべきか、エルスベトと話し合ったりもした。
ところが、ハーラルトは子爵の子と王女という身分の差をものともせず、フェイエリズとの交際を周囲に認めさせてしまった。
若い時に辛い恋をした身としては、息子とフェイエリズの恋愛が順調なことが嬉しかったし、これからもうまくいくことを祈るばかりだ。
アウリールが紅茶を喉に流し込みながら感慨に耽っていると、シュツェルツが話題を変えた。
「ところでアウリール、叙爵の件は考えておいてくれたかい?」
シュツェルツは以前からたびたび、アウリールを公爵に叙したいという話を持ちかけてきた。
もし話を受けた場合、アウリールはメタウルス子爵位を保持したまま、新たに「メタウルス公爵」に叙せられることになる。まことにややこしいが、別の爵位名を与えられるよりは周囲の混乱は少ないだろう。
久しぶりにシュツェルツの口から出た話に、アウリールは首を横に振る。
「必要ございませんよ。子爵の地位で充分すぎるほどです。大体、大将軍のエリファレットは男爵で、大法官は伯爵なのに、わたしが公爵だなどと」
シュツェルツの灰色がかった青い瞳が真摯な光を宿す。
「わたしに的確な助言をし、内政や外交を支え、国を発展させてきたのは誰だ? 君ほどの功績があれば周りも納得するだろう。文句を言ってくる連中は、わたしが黙らせる。アウリール、わたしはね、君に少しでも報いたいんだ。わたしが今こうしていられるのは、何も持たない九歳の時から味方でいてくれた君のおかげだよ」
アウリールは目を細めた。
シュツェルツの気持ちと言葉は、今までの苦労が全て吹き飛ぶ気さえするほどに嬉しい。
しかし、戦時にどれだけ軍功を立てたかのような分かりやすい場合ならともかく、一臣下に対する恩賞があまりにも大きすぎると、宮廷にいらぬ波風が立つ可能性もある。
もちろん、今までアウリールは他の貴族たちに余計な反感を買わぬよう、気をつけてきたつもりだ。ただ、自分が次に賜る爵位が公爵位となると、話は別だろう。
「陛下、わたしはできるだけ政敵を作りたくないのです。進めたい政策に邪魔が入りますから。それに、あまりにわたしがご
シュツェルツはしゅんとしたように眉を下げた。それでも、まだ諦めきれないようだ。
「……君が公爵になれば、ハーラルトのためにもなる。彼はいずれリズと結婚したいんだろう? 子爵令息よりも公爵令息のほうが他の貴族たちを納得させられるよ」
「わたしとしては、ハーラルトが仕事で功績を上げて、伯爵位でも賜るほうがよほど理に適っていると思いますよ」
その言葉はアウリールの本心だ。
ただ、こうも思っている。
もし、自分が叙爵の話を受ける日が来るとすれば、それはハーラルトとフェイエリズの結婚に障りが生じた時だろう。縁談を断られたヴィエネンシス国王リュシアンがどう出てくるか。全てはそれ次第だと言っていい。
(もちろん、ハーラルトとリズさまがなんの障害もなく結婚までいきつくことが理想だが……)
まあ、自分の願い通りにいったとしても、密かにアウリールを気に入らないと思っている者は、「国王陛下に父親が重用されているから、王女を妻に迎えることができた」と口汚くハーラルトを罵りそうだ。
ハーラルトはそんな陰口や悪意などに負けはしない。
それでも、ハーラルト自身の力ではどうにもならないような事態が訪れた時は、父親として力を貸そう。
アウリールは紅茶を口に運びつつ、もう一人の息子とも言えるシュツェルツを安心させるために笑いかけた。
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