第二十一話 父娘の会話
ハーラルトが秘書官としてわたしを補佐する姿が日常に溶け込み始めた頃。今日の予定を読み上げていた彼が、少し間を置いてから告げた。
「午後に、国王陛下がリズの部屋をご訪問なさるそうだよ」
座っていたわたしはびっくりしてハーラルトに問う。
「え、どうして!? 朝食の席でお会いしたばかりなのに」
「俺も詳しいことは分からないけど、他のご家族のいらっしゃらないところで、じっくりお話しになりたいことでもおありなんじゃないのかな」
「そうなのかしら……。ちょっと緊張してしまうわね」
ハーラルトはこちらを安心させるように、穏やかな笑みを浮かべる。
「実の親子なんだから、そんなにかしこまらなくていいと思うよ。そのあとの予定は……」
スケジュールに従い、家庭教師の授業を終え、家族で昼食を摂る。お父さまは特に何もおっしゃらなかった。
そして、お父さまがわたしの部屋をご訪問なさる時間になった。わたしは大広間にて、前もってお父さまを待つ。
予定より少し早く、お父さまが現れる。
「やあ、リズ。突然すまないね」
「いいえ。お父さま、よくおいでになりました。こちらへどうぞ」
わたしはカーテシーでお父さまをお出迎えしたあと、大広間に招き入れる。丸テーブルの前で席を勧めると、お父さまはお座りになった。わたしも向かいのかけ心地のいい椅子に座る。
「お父さま、お茶は何になさいますか?」
「じゃあ、カモミールティーにしようかな」
「わたしも同じものを」
わたしはベルを鳴らし、リシエラを呼んだ。リシエラの手によってお茶が運ばれてきて、
親子水入らずを邪魔すべきではないと思ったのか、リシエラは控えの間に下がった。
わたしとお父さまは今日の天気やこちらの勉強の進み具合、それにお互いの公務についてなど、当たり障りのない世間話をした。
会話が途切れた時、お父さまが少し言いにくそうに問いかけてきた。
「……ところで、ハーラルトとはうまくいっているかい?」
進展はあまりないけれど、うまくいっているとは思う。ケンカもしないし、ハーラルトはわたしを大切にしてくれる。
ただ、ありのままを父親に伝えるのはなんとなく抵抗があるので、わたしは控えめにハーラルトとの仲を表現した。
「それなりに」
お父さまが身を乗り出した。
「それじゃ心配だ。ハーラルトにはリズを誰よりも大切にしてもらわないと」
その態度にちょっと驚いたわたしは、ハーラルトの名誉のために思わず本音を漏らす。
「いえ、彼は今でも充分すぎるほどわたしを大切にしてくれます」
「そ、そうか……それならいいんだ」
しばしの気まずい沈黙。その沈黙を破ったのはお父さまだった。
「……リズも彼のことを好きなんだよね?」
改めてそう問われると、答えに困ってしまう。告白された当時より、確実にハーラルトのことを好きになっていると思う。ただ、今はその好意を大切に育んでいる段階というか、胸を張って「好きです」とは言えないような気がする。
ハーラルトも多分、それに気づいているのだろう。わたしから「好き」という言葉を無理に引き出すような真似はしてこないし、わたしが引いてしまいかねない、ボディタッチのようなことも一切してこない。
言い淀むわたしの様子を眺めていたお父さまが真剣な目をした。
「リズ、わたしは君に幸せな結婚をして欲しいんだ。ハーラルトのことが好きではないのなら、無理に付き合う必要はないよ」
その言葉にわたしは猛烈な憤りを覚えた。
わたしのことをとても大切にしてくれるハーラルト。
わたしのことを大好きだと言ってくれるハーラルト。
子どもの頃からわたしを好きでいてくれて、今もわたしが彼の気持ちに追いつくのを待ってくれているハーラルト。
そのハーラルトを侮辱されたような気がした。
わたしはお父さまの灰色がかった青い目を見据える。
「そのようなこと、お父さまがお気になさる必要はございません。わたしはお姉さまのように王太女でもなければ、カトラインのように美しくもない。誰とお付き合いして結婚しても王室にとっては、大した損失ではないでしょう?」
わたしが最後の言葉を吐き出した瞬間、お父さまは顔を強張らせ、心なしか青ざめてさえいるようだった。
言い過ぎた。即座にそう思ったけれど、とっさにはお詫びの言葉が思いつかない。
お父さまが口を開く。
「……わたしにとっては、リズもディーケもカトラインも大切な娘だ。誰が一番可愛いとか、そういう差はつけていないつもりだ。それだけは分かって欲しい」
立ち上がったお父さまは、こちらに背を向ける際にこう言った。
「さっきは言葉の選び方を間違えた。わたしはハーラルトのことを嫌っているわけではないよ。……すまなかったね」
わたしは呆然としながら、お父さまの背中を見送った。
お父さまを傷つけてしまった。
それに、もしこの場にハーラルトがいたら、わたしの言葉に悲しい思いをしたかもしれない。「リズはそんなに卑屈になる必要はないのに」と。
ハーラルトは「父親に愛されない、かわいそうなわたし」だから、同情して好きになってくれたわけじゃない。
わたしは彼の名誉を守りたかったのに、逆のことをしてしまったのだ。
まだ半信半疑だけれど、お父さまの言葉は多分、本音なのだと思う。
でも、長い間、お父さまに嫌われていると思い続け、自分に価値を見出せなかったわたしは、お父さまにどう謝ったらいいのか分からない。
お母さまに相談する? いいえ、お母さまを悲しませることになるかもしれない。
いつものようにリシエラに相談しよう、そう思ったところで、はたと気づく。
結婚を前提としてお付き合いしているのだから、こういう家族の微妙な問題はハーラルトに相談すべきじゃないの?
ハーラルトなら
わたしの嫌な部分を話すことになるだろう。けれど、それが一番妥当だと思えた。
わたしは決心すると、次にハーラルトが秘書官として自室を訪れる時を待つことにした。
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