第二章 お付き合い、始めました

第十話 お父さま、大混乱

 わたしたちは正殿の国王執務室に向かった。目的の扉が見えてくる。ハーラルトはわたしが何か言う前に、隣にある部屋に入り、謁見のアポイントメントを取ってしまった。


 ん? ハーラルトって、リシエラに負けず劣らず有能かも。どうして仕事の少なそうな資料編纂室にお勤めしているのかしら。

 それはともかく、わたしたち二人と、ハーラルトが記入した書類の内容を見た、受付の官吏が顔を青くして一目散に部屋を出ていったんだけれど、あれは何?


「ハーラルト、何か変なことを書いた?」


「いえ、何も。ただ、謁見希望者の欄にあなたとわたしの名前を書いただけです」


 人目があるので、お仕事モードでさらりと答えるハーラルト。

 んん? これって、明らかに彼氏を紹介しにきたみたいになっていない?

 まあ、事実だから問題ない……のかなあ。

 わたしたちが控えの間に移動しようとする前に、先ほどの官吏が戻ってきた。


「フェイエリズ王女殿下、国王陛下が『ランテアの間』でお会いになるとのことでございます」


「分かりました。ありがとうございます」


 お礼を言って、ハーラルトとともに部屋を出た。「ランテアの間」の前に立つと、今更ながら緊張が押し寄せてくる。

 ハーラルトが部屋をノックすると、扉脇に立つ近衛騎士が扉を開けてくれた。


 部屋の中の長椅子には、お父さまとアウリールおじさまが並んで座っている。

 わたしとハーラルトの姿を見るなり、お父さまは固まった。対照的に、おじさまはおかしそうな顔でお父さまを見、それから安心させるようにわたしたちと目を合わせる。


 おかげで少し心がほぐれた。わたしたちはお父さまたちの向かいの長椅子に並んで座る。

 おじさまはにっこり笑い、お父さまの方に顔を向けた。


「この組み合わせを見るのは久しぶりですね。そうお思いになりませんか、陛下?」


 お父さまは錆びた機械みたいにぎこちなく口を開いた。


「……そ、そうだね。ところで、二人とも、なんの用かな?」


 わたしはハーラルトと頷き合ってから応じる。


「では、申し上げます。お父さま、縁談の件なのですけれど、お断りする方向で話を進めていただきたいのです」


 そう、お父さまは確かに、「嫌なら断っていいから」とおっしゃっていた。お見合い相手がヴィエネンシスの王太子だと知ったショックで、わたしはそんな大事なことをすっかり失念していたのだ。


 もちろん、お父さまがわたしを単なる政略の道具としてしか見ていない場合、この前置きは反故にされてしまうだろう。

 でも、お母さまとアウリールおじさまという、お父さまにとって影響力の強い方々が「縁談は断っていい」と言ってくださった以上、その可能性は低いのではないか、と今のわたしは思っている。

 お父さまは安堵の表情を浮かべた。


「そうか、そんなことか。リズなら断ってくると思っていたよ。……うん? なら、どうして、ハーラルトと一緒にここに来る必要が……」


 おじさまがお父さまの肩をぽん、と叩く。


「陛下、もういい加減お認めください。いったんお認めになれば楽になれますよ」


「な、何を言っているんだ、アウリール! 自分の息子がリズと一緒に現れたことがそんなに嬉しいか!」


「はい、嬉しいですよ。不肖の息子がようやく懸想けそうしていたお方と仲良く陛下のもとを訪れたのですから」


 うわあ、アウリールおじさまもハーラルトの気持ちを知っていたのね。これは、かなり恥ずかしい……。

 それにしても、こんなに取り乱すお父さまは初めて見る。

 お父さまはすがるような目でわたしを見つめた。


「リズ、違うだろう? アウリールが下衆の勘ぐりをしているだけだと言ってくれ」


 おじさまをそんな風におっしゃるのは酷いと思うわ、お父さま。

 わたしはツッコミを心の中だけにとどめて、はっきりと言い渡す。


「お父さま、わたしはハーラルトさまとお付き合いを始めることにいたしました」


 お父さまは文字通り、頭を抱えた。


「待て待て! 待ってくれ! どうしてそんなことになった!?」


「ハーラルトさまがわたしのことを好きだと言ってくれたからです。わたしも彼のことなら好きになれると思ったからこそ、お付き合いすることにいたしました」


「やめろ! やめてくれ!」


 うわああ、と叫びながら髪を振り乱すお父さま。そんな「国王陛下」の姿を目にして、かえって冷静になったのか、ハーラルトが見たこともないくらいキリッとした顔つきで言い放つ。


「陛下、何とぞわたしたちの交際をご許可くださいますよう」


 お父さまは頭を抱えたまま、じっとりした目でハーラルトを見返した。


「……いや、でも、今までリズが付き合った男どもは、揃ってろくでもない連中だったし……ハーラルト、実は君も……」


「わたしは彼らとは違います。幼い頃から王女殿下をお慕いしておりました」


 即座に答えるハーラルト。その横顔は繊細なほどに綺麗なのに、とても凛々しくてかっこよかった。

 反対にお父さまはたじたじだ。


「それは知っていたが……」


 お父さままでご存知だったの!? どれだけ鈍いのよ、わたし!

 アウリールおじさまが呆れ顔でため息をつく。


「まあ、恋愛に関しては、陛下にリズさまの元恋人たちを悪しざまにおっしゃる資格はございませんね」


 え、そうなの……?


「結婚前の話を持ち出さないでくれ!」


 あ、本当なんだ……。

 一方、アウリールおじさまはお父さまを華麗に無視した。


「ハーラルト、リズさまをお守りしてゆく覚悟はあるんだろうね?」


「はい」


「なら、今夜、家族会議を開く。心構えはしておくように」


 おじさまの言葉を聞いたハーラルトの表情がより引き締まる。

 あら、お父さまは完全に置いてけぼりね。

 それにしても、メタウルス子爵家の「家族会議」って、どんなものなのかしら?

 もちろん、言葉の意味自体は知っているけれど、我が家ではそういうものはなかったのよね。


 首を傾げるわたしの前で、アウリールおじさまはハーラルトとの話を終え、お父さまに「しゃきっとなさいませ」と活を入れる。ハッとして座り直したお父さまが恐る恐るといった風にこちらを見た。


「……正直、わたしもまだ混乱していてね。この場で交際の是非の結論を出すわけにはいかない。ああ、もちろん、縁談は断っておくが」


 わたしは訊かずにはいられなかった。


「お父さまは、わたしたちの交際にご反対なのですか?」


「いや、君たちも一人前の歳なのだし、頭ごなしに反対する気はないよ」


 ハーラルトが口を挟む。


「ということは、リズさまにお会いするのは自由、というわけでございますね?」


 お父さまが答える前に、アウリールおじさまが頷いた。


「節度さえ守れば自由にしていい」


「アウリール! 何を言っているんだ! 君は!!」


「わたしは息子のことを信用しておりますので」


 わたしは苦笑しながら、二人に確認する。


「交際自体はまだお認めくださらないけれど、節度を守れば会ってもいい……そういう結論でよろしいですか?」


 おじさまに食ってかかっていたお父さまが真顔になって、視線をわたしに向ける。


「ま、まあ……それくらいなら、いい……かな……?」


「いいも何も、二人にとっては最大限の譲歩ですよ」


 おじさまの呆れた声で、話し合いは締めくくられたのだった。

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