恋愛結婚に憧れる第二王女は幼なじみの子爵令息に告白され、一途に愛される
畑中希月
第一章 告白されて
第一話 最悪な誕生日、の翌日
「浮気の証拠は掴んでいるのよ、ベルノルト。あなたとはこれでお別れです」
わたしが言い放つと、
「──リズさま、これは何かの間違いで……」
「もうあなたに愛称で呼ばれる覚えはないわ。これからは『フェイエリズ王女殿下』とおっしゃい。それはともかく、昨日はわたしの誕生日だった。なのに、あなたは家の大事な用事があるからと言って、わたしと一緒に過ごさなかったわね。なぜなら、某令嬢と会っていたから。なんでも、その令嬢が『王女殿下よりわたしを優先して』と言っていたからとか。本当に最っっ低ね」
「…………」
もはや何も言えないベルノルトの顔は、幽霊みたいになっていた。
同情する気も起きず、わたしはきっぱりと告げる。
「さようなら。わたしの前から消えて」
ベルノルトはぎこちなくこちらに背を向け、重厚な扉を開けると応接室を出ていく。少し足元がふらついていたけれど、知ったことじゃない。
本当に、腸が煮えくり返るとはこのことだ。
このまま部屋を出たら、わたしの顔を見た宮廷勤めの者たちがぎょっとするだろう。
落ち着けー、落ち着けー……。
子どもの頃に教わった深呼吸をして怒りを冷ましたわたしは、部屋を出ようと豪奢なドアノブに手をかける。
すると。
「お姉さまお姉さま、よろよろのベルノルトさまのお姿、しっかり拝見しましてよ!」
波打つ黒髪に瑠璃色の瞳のとてつもない美少女が応接室に躍り込んできた。妹の第三王女カトラインだ。そのうしろには姉──第一王女にしてこの国の王太女ディーケの優美な姿がある。お姉さまは細く黒い眉を下げた。
「リズ、ベルノルト殿のあの様子……
う、とわたしは思わず口ごもった。お姉さまはため息をつく。
「やっぱり……。あなた、確か一年前の十五歳から何人もの殿方とお付き合いして、全員とうまくいかなかったでしょう? ベルノルト殿を入れると四人だったかしら」
わたしはすかさずツッコミを入れる。
「三人です、お姉さま」
「そう? 三人も四人もあまり変わらないわよ」
「大違いです」
「そう。わたしね、思うの。短期間に何度もお付き合いする方をかえるのはよくないわ」
一人も付き合わずに理想の結婚ができた方から、そういうことを言われたくないのですが。
さすがにそのツッコミを口に出すと角が立ちそうなので、ぐっとこらえる。
「それに、自分の身体は大切にしないと」
付け足されたお姉さまの台詞に、わたしは卒倒しそうになった。今度は我慢せずに大声で主張する。
「わたしはまだキスもしたことがないのですよ! 妙なことをおっしゃらないでください!」
「リズお姉さま、お声が大きいです」
カトラインが冷静に注意する。まだ十三歳のくせに……。
お姉さまは「あら」と声を漏らしたあとでほほえんだ。
「それを聞いて安心したわ。ね、リズ、一度お父さまにご相談なさい。きっとあなたにぴったりのお相手を探してくださるわ」
そんなことができるのなら、わたしだってとっくにそうしている。
わたしは政略結婚やお見合い結婚ではなく、恋愛結婚がしたいのだ。
確かにお姉さまはお見合いで隣国の第二王子と意気投合し、結婚。見るからに幸せそうな家庭を築いている。二人の立場上、ある意味これは政略結婚だとも言えるだろう。
政略結婚やお見合い結婚でも、幸せな結婚はできる。それは昨日、十六になったばかりのわたしにも、なんとなく分かっている。
でも、やっぱり憧れてしまうのよね、恋愛結婚。
わたしの両親は、当時の王太子と公爵令嬢という立場にありながら、熱烈な恋愛結婚をしていて、その恋模様は市井で吟遊詩人が歌う詩曲にもなっている。
子どもの頃、両親が登場するその曲を聴いた時は衝撃だった。
何せ、お母さまは妹のカトラインをそのまま成長させたような、とんでもない美女。お父さまもお母さまに釣り合うだけの美男。そんな二人が繰り広げる恋愛詩のイメージはどこまでも広がり、幼かったわたしを夢中にさせた。
多分、それからだ。わたしが王女でありながら恋愛結婚に憧れるようになったのは。
この国の女性は十五、六歳になると一人前と認められ、社交界にデビューする。
十五歳になったわたしはさっそく彼氏を作った。……とんでもないマザコンだった。
二人目の彼氏は人としてどうかな、という男性だった。わたしには不気味なくらい優しいのに、使用人に対する当たりがキツすぎたのだ。
そして、三人目は付き合い始めてまだ三か月の恋人よりも、浮気相手を優先する男。
こんなはずじゃなかった。告白したりされたりして付き合い始めたばかりの時は、お互いあんなに盛り上がっていたのに。
はあ……恋愛の意義とは……。
そう思いつつも、わたしはやっぱりどうしようもなく、恋愛から始まる結婚というものに惹かれてしまう。政略結婚が当たり前の王女として生まれたからかもしれない。
そのためには──。
わたしはカトラインの無邪気そうな顔をちらりと見やる。
同じ両親から生まれて、同じ黒髪に青系の瞳なのに、輪郭から顔のパーツの並び方まで、わたしより数段上の容姿。
絶対に彼女が社交界デビューする前に結婚を決める!
なぜなら、超美少女の妹が社交界デビューすれば、結婚前提でわたしとお付き合いしてくれる男性がぐっと減ってしまうからだ。
さもしい考えかもしれないけれど、背に腹はかえられない。
カトラインは顔が綺麗なだけでなく、頭の回転が速い上、性格も明るく芯があって、昔から母方の伯父に可愛がられていた。
わたしたち姉妹に平等に接してくださるお父さまだって内心では、お母さま似の末娘、カトラインが特別可愛いに決まっている。
そんな妹と真っ向から対決して勝てるほど、現実は甘くない。
わたしにはお姉さまの聡明さやカトラインの美しさのような取り柄がないのだから。
「お姉さま、わたし、自分でお相手を見つけたいのです。もちろん、できるだけ早く」
わたしが覚悟のほどを伝えると、お姉さまは優雅に小首を傾げる。
「そうは言うけれど、リズ、結婚前提でお付き合いしたい殿方のイメージは固まっているの? 今までのあなたの恋人たちを見ていても、どうにも家柄くらいしか共通点がなくて」
「そ、それは……」
そんなこと急に言われても困る。家柄がいい人たちを選んだのは、そのほうが結婚の障害にならなくていいかな、くらいの理由だったし。
えーと、両親の恋愛に憧れているということは、お父さまみたいな人?
いえ、でも、四十代になっても貴婦人たちから熱い視線を送られる旦那さまって、なんか嫌だ。よくお母さまは結婚したわね……。
あ、自分の夢を真っ向から否定してしまった。
「ディーケお姉さま、まだ決まっていないようですよ」
真顔で耳打ちするカトラインに、わたしは鋭い視線と人差し指を向ける。
「そこ! 余計なこと言わない!」
「リズお姉さま、怖ーい」
カトラインはささっとお姉さまのうしろに隠れた。
お姉さまは考え込むように目を閉じる。
「困ったわねえ……。まあ、いいわ。あなたはまだ十六になったばかりですもの、好きにやりなさい。多少回り道してもね」
目を開けたお姉さまは意味ありげに微笑した。
「だけど、これだけは言っておくわ。自分でお相手を見つけたいのなら、もっと周りを見回したほうがいいわよ」
意味が分からない。
「え、それはどういう……」
「あなたを大切にしてくれる人は、案外近くにいるかもしれない、ということよ」
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