サクヤ
カラカラカラ。
そんな音が鼓膜を通り過ぎて、四つん這いになって足元の棚を覗いていたユージローは僅かに顔を上げた。今の音は扉が開いた音のはずだ。客が来たのかも知れない。
棚から床に出した物たちを避けながら、出来る限り急いで体を棚から引いて立ち上がる。
「いらっしゃいま、…………あれ?」
横扉はキチリと閉まっていた。
もしかして空耳かな。
頭の後ろをぽりぽりと掻いて、もう一度しゃがもうとした時だ。
「やい!」
可愛らしい声が聞こえて、えっ、と背の高いカウンターの向こう側を覗き込む。
そこにいたのは、たまご色の髪を高いところでリボンで二つ結びにして、赤やピンクの大判の花柄の着物を来た子どもだった。ぷっくりとした柔らかな頬を膨らませてそこに立っていた子は、ユージローを見た途端、ますますその頬を膨らませて目を三角にした。
「お前は誰だ!」
ビシッと音がしそうなほど勢いよく人差し指を向けられる。
「えっと、僕はユージローと言います。貴方は、……サクヤさん?」
ちらりと見た頭上に藤色の字で書かれた名前を読み上げれば。
膨らんでいた頬は一気に萎み、その代わりと言わんばかりにあんぐりと口が開けられた。目もまんまるになっていて可愛らしい。思わず笑い声が漏れる。
そんなユージローの笑い声に、はたと意識を戻したサクヤは、もう一度指を勢いよく向けてきた。
「笑うな、
「あっ、すみません」
君のほうが子どもじゃないか、と思ったのは一瞬。
此処は色んなモノが来る場所だ。姿かたちも種族も様々だ、と言っていた。こんな子どもの
素直に謝ったユージローに満足げに鼻を鳴らしたサクヤは、背の高い椅子に難なくよじ登ってお行儀よく座る。
「何をしておる、お前も座れ」
「え、あ、はい! 失礼します」
勝手知ったると言わんばかりの顔でそう言われて、慌てて椅子に腰を掛ける。
足の下で何かが倒れた音がしたが、そんなのは今は無視だ。
真正面から向き合ったサクヤは、カウンターに両肘を付いてジロジロとユージローを覗き込んでくる。少しの居心地の悪さに目を彷徨かせるユージローにはお構いなしだ。永遠に続くのか、と思い始めた頃、ふむふむ、なんて言いながらサクヤは顔を引いてくれた。
「なるほど、慧眼持ちか」
「けいがん……?」
「相手の本質を見抜く眼のことだ。慧眼の中にも色んな種類があるが、お前の能力も慧眼の一種だろう、とヤマセに聞かなかったか?」
首を横に振る。
此処に来た時から急に見え始めたそれ。一体何の能力なんだと思っていたが、なるほど、慧眼というらしい。その言葉は、てっきり探偵のような真実を暴くものに使われるもので、自分には当てはまらないものだと思っていた。
「というか、サクヤさんはヤマセさんのお知り合いなんですね」
「うむ、まあな」
ボソボソと小声で何かを言っていたけれど、ユージローの耳に届かない。あまり聞かれたくないことなのだろう。
深く聞くことはやめて、ところで、と違う話題を振る。
「サクヤさんも、何か鍵を作りに来たんですか?」
「おうおう、そうだった。大事なことを忘れておった」
カウンターに付いていた肘を外して、ぽむ、と拳を逆の手のひらに当てたサクヤは、きょろきょろとユージローの後ろへと目をやった。
「今日はコーリの坊はおらんのか?」
「コーリさんは今ちょうど休んでて」
叩き起こせと言われたらどうしよう、と内心ビクビクしていたのだけれど、何だつまらん、と頬を膨らませただけで要求はされなかった。
此処に来てからユージローが二回ほど休息を取りに行っても、コーリは黙々と鍵を作っていた。
釜をジッと見つめる煤を付けた横顔も、研磨する横顔も、真剣そのもので見惚れてしまったくらいだ。どれだけ集中すればそんなに長い間鍵と向き合うことが出来るんだろうと思うけれど、実際にやってのけてしまう。そんなコーリに、今は出来る限り休んでほしいと思ってしまうのは当然で、余程のことがない限り起こしたくないというのが、ユージローの思いでもある。
それを汲んでくれたのか、サクヤは歯を見せて笑った。
「急いではおらんからな、アイツが起きるまで待つ」
「えっ」
「何だ、ユージロー。迷惑か?」
「え、いや、そんなことはないです」
「きひひ、迷惑そうじゃなぁ。だが帰ってやらん!」
「でも僕は鍵作れないし」
「口が在るじゃろうて。妾はお前にも興味津々だからな」
口元が引き攣ったユージローにお構いなしのサクヤは、満面の笑みを浮かべている。
もしかしなくてもこれは大変な事になったかもしれない。
そう思ったユージローの考えは的中し、コーリが二階から降りてくるまで、ずっとサクヤの話に付き合わさることになったのだった。
また来る、と言ったサクヤは随分と満足げだったが、ユージローはほとほと疲れ果てた顔をしていて、ヤマセに笑われたのはまた別の話である。
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