第3話 憑いている

 凛と勇人が出会った次の日。


「凛」

「あ、やっぱり眠れなかったんだ。大丈夫?」

「うん…………」


 憔悴しきっている凛の友人である佐々木雫が、目元に濃い隈を作り凛に声をかけた。


「本当に、助けてもらえるの?」

「約束してくれたから」


 凛は雫の言葉に頷きながら、首筋に貼られている絆創膏に触れる。赤く滲んでいる絆創膏が目に入り、雫は心配そうに問いかける。


「大丈夫なの、それ」

「大丈夫、痛みはないから。それより、早く旧校舎に行こうか」

「うん…………」


 二人は自身の鞄を手に、旧校舎に向かって歩き出した。


 ☆


 勇人が居座っている教室のドアの前に立つ。

 周りは薄暗く、不気味。一度も来た事がなかった雫は怯えており、凛の肩を掴んでいた。


「開けるよ?」

「う、うん…………」


 ドアに手を添え、今回はゆっくりとドアを開けた。


 中を見渡すが誰もいない。だが、ドアが開いた音に反応するように、人影が一つ教室内に現れた。


「おや、来たようですよ、鬼神様」

「ん-…………。あと、五分…………」

「貴方が大好きな凛さんも一緒です」

「どこ!?」


 二人の会話は二人にもしっかりと聞こえており、凛は苦笑を浮かべ、雫は目を輝かせ隣に立っている彼女を見た。

 その時だけは寝不足なのも忘れ、キラキラと光る瞳を浮かべている。


「あ、凛!! 待っていたよ!! 早く君をちょーだい!!」

「言い方に語弊があるのでやめてください」

「語弊? 私は思った事そのまま口にしているだけだよ?」

「っ、もういいです!!」


 赤面を勇人から逸らし、頬を膨らます凛。時雨がやれやれと肩を竦めながら二人の間に入り、本題を投げかけた。


「鬼神様、今は凛様のご友人もいます。そのような行為は私の前だっ――コホン。今回の依頼が終わった後にしましょうか」

「…………ぶー」

「ふてくされないでくださーい」


「では」と、時雨はドア付近で固まっていた凛の友人、雫に近づき腰を折る。


「初めまして佐々木雫様、お話はお伺いしております。早速ですが、こちらへ」


 右手を差し出し中へと促す。紳士的な振る舞いに、雫は慣れないながらも差し出された右手に自身の手を置いた。そのまま優しく引かれ、勇人の隣に移動させられる。


 目の前まで来た雫を見下ろした途端、目元に巻かれている布が歪む。唇を尖らせ、つまらないというように腕を組み、勇人は口を開いた。


「…………つまらない」

「へ?」

「まずそう…………。まぁ、約束だからやるけど。これ、因果応報ってやつじゃない?」

「え、何この人。めっちゃ失礼なんだけど」


 勇人のいきなりな失礼発言に腹が立ち、雫は眉間に皺を寄せる。


「まぁまぁ、落ち着いてください。鬼神様の言葉は無視していただいて構いませんよ。そんな事より、今の貴方にはしっかりと憑いているようですよ。複数の生霊がね」

「え? 生霊?」


 時雨の言葉に、凛が驚き目を開く。雫も目を開き、同じく驚き時雨を見た。


「複数の生霊ですね。背中に沢山ついていますよ。おっと、今の状態では凛様にも見る事は出来ませんね。少しお待ちください」


 時雨は懐から一枚のお札を取り出した。

 凜に近づきながら自身の親指を噛み血を滲みださせ、取り出したお札に親指を押し付ける。すると、一つの赤い目が血で描かれた。


「これを目元に付けてください。私の視界を共有出来ます」

「え、あの……」

「鬼神様の目になる。そう、言いましたよね?」


 顔を近づかせ、脅すように時雨は言い放つ。口元を引きつらせ、頷くしか出来ない凛はお札を受け取り、言われた通り目元に貼った。


 すると、最初は真っ暗だったはずの視界がどんどん明るくなり始め、お札で視界が遮られているにもかかわらず、周りの景色を見る事が出来た。


「え、これって」

「あ、見えましたか。私の視力を貴方に共有したのです」

「え、なんっ――――きゃぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


 凛が雫の方に顔を向けた瞬間、金切り声を上げ後ろに倒れ込みそうになってしまった。

 後ろに傾いた凛の身体を近くにいた勇人が咄嗟に受け止め、転倒せずに済み安堵の息を吐く。


「あ、ありがとうございます」

「好きな人が危なかったら助けるのが普通。当たり前だよ」


 笑顔でそんな事を言われ、状況に反して赤面してしまう凛。だが、すぐに先程の光景が頭を過り、勇人の服を握り縋った。


「し、雫の、背中に、女の人が沢山…………」

「女ねぇ…………」


 震える凛の身体を摩り、唖然と立っている雫を見る。


「まぁ、生霊なら何とかなるか。君が自身の行いを悔やみ、心から謝罪をする事が出来れば、もう夢は見なくなるだろう」

「な、何を言っているのよ。私は特に何も……」

「本当?」

「えっ」

「本当にそう言い切れる? 私には見えないけど、時雨が噛みつかないところを見ると、結構な量、または強い恨みを買っているんじゃない? 時雨は悪霊を食べる事が出来るからね、弱いモノなら私の命令などと関係なく一瞬で食べてしまうよ」


 勇人の言葉に雫は口を閉ざす。何も言えず、気まずそうに眼を逸らし、下唇を噛んだ。


「まぁ、いいや。ひとまず、君には寝てもらおう」

「え」

「大丈夫。すぐに寝る事が出来る」


 言うのと同時に、勇人は凛を支えている逆の手で自身の目元に巻かれている布を握った。

 口角は上がり、白い八重歯が覗き見える。下から見上げている凛でさえ震えてしまう程不気味な表情。真っすぐ向けられている雫は体を動かす事すら出来ず立ち尽くすのみ。

 歯をカチカチと鳴らし、目の前にいる勇人を見る事しか出来ない。


「私の目を、見てくれますか?」


 闇へと誘うように、勇人は赤眼せきがんを向けた。


「…………あ」


 勇人の目を見た瞬間、吸い込まれるような感覚が身体中に走り、雫は力が抜けるように膝がガクンと崩れ、床に倒れ込んだ。それと同時に、勇人も一緒に倒れ込んでしまい、凛が「鬼神さん!?」と、咄嗟にするりと落ちる腕を掴んだ。だが、思っていたより重たく、一緒に床に倒れ込んでしまった。

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