鬼神勇人は霊が見えない
桜桃
第1話 鬼神勇人
「いや、いや!!! なんで、私こんな所!! 知らない、こんな所知らない!!」
永遠に続く廊下。走っても走っても終わりが見えず、闇が広がっている。
「はぁ、はぁ…………」
女の声が耳を塞いでも聞こえてくる。
「私が何をしたっていうのよ!! ふざけないで!!」
悲痛の叫びをあげながら、後ろから追いかけてくる人影から逃げる。
「来るな来るな来るな!!」
逃げる、逃げる、逃げる。
「くるなぁぁぁぁああ!!!!!」
――――――――オマエサエイナケレバ
☆
「ここが、噂の、空き部屋」
青空が広がる正午。風が吹く度、ギシギシと音を鳴らしながら建っている旧校舎の廊下に、一人の女子生徒が不安そうに眉を下げ立っていた。
彼女の目の前にあるドアの上には、教室の名前が書かれているプレート。でも、掠れすぎており読む事が出来ない。
息を飲み、緊張の面持ちで、女子生徒はドアに手を添える。その時に動きを止めた彼女だが、目を強く閉じたかと思うと眉を吊り上げ、勢いよく大きな音を出しドアを横にスライドし開けた。
”バン”という音が教室内に響き、彼女は中を見回す。
中は黒いカーテンで陽光を遮られ、微かな光しか入り込んでいない。
机や椅子などが散乱しており、薄気味悪い。電気は壊れているらしく、彼女が電気を手探りで探しだし、カチカチと押しても意味はなかった。
「あ、あのぉ」
中に人がいるかわからないが、なんとなく声をかけてみる。返ってきたのは女性の声から数秒後、気だるげな声だった。
『なんの用かな…………っ!?』
「え、あ…………」
暗闇で黒い服を身にまとっていたからか、彼女はすぐに声の主を見つける事が出来ず、声のした方をきょろきょろと見る。
『こっち、こっちだよ』
「え、ど、どこですか?」
声は聞こえるのに、姿は見えない。その事に恐怖を感じ、彼女の身体は震え始め、後ずさる。一人で来た事に後悔し、彼女は限界というように振り返りドアから逃げだそうと手を伸ばした。
――――その瞬間
”バン”という音と共に、ドアは閉じられ逃げ道を失った。目を見開き、どうする事も出来ない彼女の後ろに突如として現れた人影。
両手を左右に大きく広げ、彼女に背中から抱き着くように姿を現したのは、口角が上がり、フードの隙間から黒髪をひらひらと揺らしている青年だった。
――――――――ガバッ
「ひっ!?!?」
「君、もしかして霊感あるかい? 幽霊が見えるかい? 君みたいな可愛くて霊感のある人を探していたよ!!」
青年は彼女の反応など気にせず、楽し気にペラペラと話す。その後、彼女の顎に手を添え、無理やり自分の方へ向かせた。
「あ、あ……」
「あぁ、やっぱり。君は美味しそうな匂いがする。ねぇ、君。私のモノになってくれない?」
「へ!?」
彼女の目の前には、色白の肌に黒い髪。赤い布が目に入った。
「素敵だぁ。君は本当に素敵だよ。こんなに可愛くて、美味しそうで、私好みの女性。霊感もありそうだ。ねぇ、私のモノになって? 頷いて? 早く」
「い、いや!!!!」
ドンッ!! と青年を押し逃げだそうとしたが、散乱している机の脚にひっかかってしまい転ぶ。
ガラガラと音が鳴り「いったぁ」と立ち上がろうとしたが、後ろからの悪寒に動けなくなる。
上から覆いかぶらされ、立ち上がろうと床についていた手に、大きな男性の手が被さった。
もう駄目と、目を閉じた――――その時。
ガラッ
ドアが開き、人が来た事を知らせた。
彼女は助けを求めるように前へと手を伸ばし、涙を流しながら「助けて」と、掠れた声で叫ぶ。だが、ドアを開けたスーツを身にまとった男性は、そんな二人の姿を目にした後,顔を抱え大きなため息を吐いた。
「まったく…………。何をしているんですか鬼神様。女性が怯えているではありませんか。普通なら犯罪者となっています。早く避けてあげてください」
冷静に言い放つ男性。その事に面食らい、彼女は大きく開かれた目で、目の前に立つ男性を見上げた。
「怖がらせてしまいすいません。この人は大丈夫なので気にしないでください。鬼神様は、渋っていないで早くどく!!!」
「……………………ぶー…………」
「子供のようにふてくされないでください。貴方はもう大人でしょう」
「ぶーぶー」
「いいから早くどく!!!!」
ゴロンっと。怒りの声を上げながら、男性は彼女の上に乗っかていた青年を転がした。
やっと体が自由に動くようになった彼女はゆっくりと立ち上がり、震える体を抱きしめ、二人の男性を見る。
よく見ると、彼女に覆いかぶさっていた青年は目元に赤い布が巻かれており、黒いローブで身を包んでいた。頬を膨らませ、目の前に座っている男性をポコポコと叩いていた。
「もう、もう!! 彼女は私のだよ!! 私のなんだからぁぁぁああ!!!」
「はいはい、わかりました。わかりましたから落ち着いてください。大の大人がそんな風に喚き散らしても誰も得しませんよ。早く謝ってください」
「嫌だ」
「…………餓鬼」
「な!! 私は餓鬼ではない!!」
「はいはい」
今だふてくされている青年を無視し、彼女を助けた男性が立ち上がり彼女の前で片膝をついた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。私達は、そうですねぇ。…………霊媒師を名乗らせていただいている者です」
「れ、霊媒師?」
「はい。私の名前は
「え、主? 貴方が、仕える方?」
「よく言われます。ですが、力だけなら鬼神様の方が上です。力だけならね」
「力だけなら?」
「はい」
一拍置いて、時雨は口を開いた。
「鬼神様は、霊を見る事が出来ないのです」
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