第24話:ラボ


 廃棄コロニーの居住部は長年使っていない状態ではあったが荒廃することなく小綺麗になっていた。

 それは居住区を維持する為のインフラロボットが稼働していたからだ。

 そんな誰もいないゴーストタウンをミシャオナが運転するエレキカーが通り過ぎる。



「本当に誰もいないんだ。でも街はやたらと小綺麗だね?」


『インフラを維持するロボットがまだ動いているからよ。このコロニーは比較的最近廃棄されたコロニーだけど、中は当時のままよ。だから私の本体を置いていた研究所、ラボも設備は当時にしては最新のものがあったの。メグライトを使った製品も使い始めていたわ』


 このコロニーが廃棄されたのは数十年前。

 世の中はメグライトによるICの切り替えが盛んな時期であった。

 なのでレーメルがいた研究所もそう言った研究も含め当時最新のコンピューターやその周辺機器が有った。


 レーメルはゴーストになりオリビヤがゴースト独自のネットワークとメグライトを使った記憶媒体を作り上げる前はあちらこちらに自身のコピーを作りながらリンクをして居場所を移していた。

 しかしここを見つけてからはゴーストのネットワークとつながりながら自身の本体はずっとこの研究所に置いていた。



『あそこは生活する為の保存食や合成たんぱく質の貯蔵もあるからミシャオナもしばらくは大丈夫よ。部屋の中も掃除ロボットに奇麗にさせていたから問題無いしね』


「じゃあ、レーメルのお家にお呼ばれされたのと同じだね! 私リアルで友達の家に行くの初めて!! ちょっと楽しみだな~」



 ミシャオナはこんな時だと言うのに年相応の少女らしい事を言う。

 そんなミシャオナにレーメルは苦笑しながら言う。


『そんなに期待しないでよね? それにせっかく来てもらってもお茶はセルフサービスでないと出せないわよ?』


 それでもレーメルも何となく楽しそうに見える。

 やはり友人が来ると言うのはそれだけで心躍るところがあるのだろう。



 やがてレーメルのナビゲーションで指示された研究所が見えて来る。

 周りを一応壁で仕切られたそこは入り口に警備室があるそこそこ大きな施設だった。


『ちょっと待って、いま門を開けるわ』


 レーメルはそう言いながら施設のセキュリティーにアクセスして驚きの声を上げる。



『なっ!? それホントなの!!』



 驚くレーメルにミシャオナは首をかしげ聞く。



「どうしたの、レーメル?」


『施設に残しておいた私のコピーと接触をして分かったのだけどオリビヤが廃棄コロニーを地球や月に向けて移動を始めさせたわ…… 計算上ではあと約三ヶ月で各主要都市に廃棄コロニーが落ちるわ。外では既にUS経済圏の宇宙軍とオリビヤが戦闘に入っているらしいけど、圧倒的にゴーストのボトムの方が有利みたいね。それにUS経済圏の宇宙軍はどんどんその数を減らしているわ。戦艦自体も落とされている。メグライトの暴走によってね……』



 レーメルは入り口の門を開かせミシャオナの操るエレキカーを敷地内に入れさせながらそう説明をする。



「じゃあ、アールゲイツさん脱出できてないの?」


『そこまではまだわからないわ。ここに残しておいた私のコピーがいまゴーストのネットワークを使って調べている。ゼアスの奴、数日前に全世界に対しても宣言をしている。もうサイは投げられてしまったわ』



 ミシャオナは苦労しながらもレーメルの本体がいるアタッシュケースを車から降ろし、指示された研究所の中に入って行く。

 そしてラボの中枢であるセントラルコントロール室まで行く。



『いらっしゃいミシャオナ。こっちの私は久しぶりね?』


「はえ? レーメルがこっちの画面にもいる??」


『それは今の本体に私が移る前のコピーの私よ。ほとんどの機能はこっちの本体に移してしまったけど、端末の時の私と同じくらいの事は出来る私なの』


『そうね、でも今から本体の私に完全リンクして同調すればまた同じ私になれるわね。本体の私、今までの情報をちょうだい。こっちの情報も全部渡すわ』



 そう言って二人のレーメルは同調を始める。

 それは互いに別々の時間を過ごしてきた部分を同調させることにより埋め合い、そしてまた一人のレーメルに戻る事でもあった。



『ふう、そう言うことだったのね。ミシャオナ、このままでは私たちが行く地球が無くなってしまうわ。そして人類も本当に滅んでしまう』


「そんな! そんなのどうしたらいいのよ!?」



 メグライトが手に入らなければオリビヤはコロニー落としなどと言う大罪を起こさないと思っていた。

 しかしメグライトを手に入れ彼らは本当にその業を実行に移した。

 それは人類史上最大の罪となるだろう。

 

 当初の予定であったミシャオナと地球で静かに暮らすと言う選択肢が無くなってしまう。

 いや、人類が住める場所自体が無くなってしまう。


 その大事にミシャオナはどうにもできない無力な自分を感じている。



『まだ手はあるわ…… 私がゴーストのネットワークを奪って移動を始めた廃棄コロニーの制御システムを乗っ取るの。その為にはオリビアの作ったメグライトの記憶媒体にまで行って直接私がアクセスしてそれ自体を私の制御下に置くの』



 レーメルは一つ一つ確認するかのようにそう言う。

 ミシャオナはそんなレーメルを見て顔を輝かせるも、レーメルのその表情に気付く。



「レーメル、出来そうなの?」


『出来る出来ないじゃないわ、するの! でないと全てが終わってしまう。ミシャオナを地球へ送り届けられなくなってしまうわ!!』



 レーメルは半ば叫ぶようにそう言ってミシャオナを見る。



『ミシャオナ、私の本体をゴーストたちが作り上げた記憶媒体がある場所まで持って行って。そこで私の本体であるアタッシュケースを接続するの、そうすればネットワーク経由で無いから防壁は効かないわ。すぐにでもシステムを乗っ取てやるわ!』



 レーメルのその言葉にしかしミシャオナは問いただす。



「レーメル、レーメルの本体をそこへ持って行ったらレーメルはどうなっちゃうの?」


『……私の本体がオリビヤの作った記憶媒体へと吸われてゆくわ。本体の機能を別の場所に置いたまま彼らのシステムを乗っ取る事は出来ない。今まで私が作り上げてきたもの全てを使って奴等のシステムを乗っ取ってやるのよ。でなければこの事態は打開できなわ』


 それを聞いてミシャオナはモニターまで行ってその正面からレーメルに言う。




「そんな事してレーメルはちゃんと私の所へ帰って来れるの!?」




 ミシャオナの言葉を聞いてレーメルがびくっと震える。

 そしてミシャオナから視線を外して言う。



『……オリビヤのシステムを乗っ取ると言うことは私がそのシステムと一体化すると言うこと。一旦そのシステムから離れたらすぐにまたそのシステムは奴等の手に落ちる。私がシステムと一体化している間は他のゴーストたちは何もできなくなる。押さえられるのよ』


 レーメルのその回答にミシャオナはそれでも言う。


 

「私、レーメルと一緒じゃないと地球へ行かないからね…… ちゃんと私の元へ帰って来なきゃ許さないからね…… だって、レーメルは私の親友で相棒なんだから!!」


『ミシャオナ…… そうね、私はミシャオナの親友で相棒。大丈夫、きっと奴等を黙らせてミシャオナと一緒に地球へ行くわ、だからミシャオナ!』


「約束だよレーメル! 絶対に絶対の約束だからね!!」



 びっと小指を突き立ててミシャオナは指きりの形をしてモニターにくっつける。

 レーメルもモニターの向こうで同じく小指を突き立てててミシャオナのそれにくっつける。




 直に触れる事は出来なくても二人は固い指きりの約束を結ぶのであった。 

    


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