気が晴れた

土城宇都

気が晴れた

雪が降りしきる寒い夜。教会にはまだ明かりが灯っている。傘を開いたままひっくり返した様なロザリオを首から下げた神父は遠い目をして、子どもたちに戦争の話をし始めた。

「巨大な温大陸と寒大陸の間にある小さな島に『きう族』という少数民族が住んでいた。その民族は、古来から感情により天候を操る事が出来ると信じていた。

 負の感情は雨や台風、雷となり島に降り注ぎ。正の感情は空の青さや雲の形に現れ、雲の切れ間から光が差し込み、幻想的な薄明光線となって、島を照らすと」


「ミトリ、もう帰ろうぜ」と少年は先程から動かない少女の背中を見つめた。

「………」ミトリは俯いたまま、手のひらの小鳥を大事そうに置くと穴を掘り始めた。

「おーい、聞いてるかそろそろ雨降るぞ」と少年は空を見上げてため息をつく。

「早く帰りたいならキソラも手伝って」

「えー、供物の鳥を持ってくるだけでもやばいのに」と少年は渋々手伝い始めた。


嫌な予感は的中し、帰り道は雨が降り始めた。

「儀式の為に動物を殺す必要があるのかな、果物とか木の実だって」と言うミトリにキソラは被せる様にくしゃくしゃの聖典を出して読み上げた。


「負の感情は雨や台風、雷となり島に降り注ぎたり。木の実に負の感情を抱けないからな、雨乞いには必要な犠牲だよ」


「……」とミトリが押し黙ると、雨粒が葉に当たる音が良く聞こえた。


「はぁ……こっち」と沈黙に耐えかねたキソラは腕をひいて脇道に入っていく。草木から、視界が開けると景色のいい崖が見えた。


「きれい」

「だろ?」

島の端っこまで歩いた為、厚い雲は遥か後ろに見えた。

「キソラのお父さんは大陸出身だったよね、どっち?」と白く細い腕で左右に見える巨大な大陸を指差した。

「右側に見える寒大陸。それより、落ち着いたか?」

「もう平気」とミトリは笑って見せた。

「そういえば母ちゃんも朝から怠そうだったな」

「…‥儀式の日だからね」

そろそろ帰るかとキソラが腰を上げた時、聞き慣れない破裂音が響いてきた。

「パァン、パァン」という音で、鳥たちが飛び立ちまるで黒い雨雲の様に蠢くのをキソラは視界の端で捉えた。岸には見慣れない黒い塊が止まっている。

「なんだよ、今の音」二人はすぐに走り出した。


「次勝手に喋った者は、村長と同じ場所に送ってやる」と幾つもの勲章を左胸に付けた軍人は村長を跨いで前に出た。

「我々、温大陸は温団前線を引き上げ、この海域で戦争をすることとなった。今日よりこの島は温大陸の簡易補給基地として使わせてもらう。以上だ。もう喋ってもいいぞ」


沈黙を割く様に、若い軍人が駆け寄ってきた。


「グルタフ大佐、家屋を調べていたらこんなものが」

「きう族の聖典か……面白い。事実なら戦略として……試してみるか。おい、大人を並ばせろ」

「はっ、女はどうしましょうか」

「くれてやると言いたいところだが、結果に影響を及ぼすかもしれん、並ばせろ」 


「大人は感情を抑えようとするものだからな、この戦争もその反動さ」グルタフはタバコをふぅーと吐き出すと指示を出した。


二人は木の影から大人が並ぶのを見ていた。

「どうしようキソラ、どうしたらいい?」

「わ、わからない、とにかく動いちゃダメだ。母ちゃんたちが捕虜にされてもタイミングを見て僕たちが助け出せば……」


「パァンパァンパァンパァンパァンパァンパァンパァン」


「あぁ、ぁああああっ」キソラは叫んでいた。気づけば走り出し背中を向けている軍人を殴った。しかしその数倍、軍人に殴られた。


キソラが意識が回復すると船の上だった。土砂降りの雨だ。檻にはキソラとミトリの他に20名ほどの子ども達がいる。小さな島で、皆知り合いだ。

「はっはっはっはっ素晴らしい」とグルタフは甲板で指揮をとる様に空に手を伸ばしていた。

「……めん、ミトリ」

「謝らないで、咄嗟に動けることがキソラのすごいところだから」


「起きたか、今から良く話し合って一人選べ最前線まで連れていってやる。死んだ場合は繰り返しだ、決まったらベルを鳴らせ」


「戦争を始めたのは温大陸と寒大陸の奴らだ」と誰かが言った。皆がキソラにちらちらと目線を向けているのが分かった。キソラは身体中がひどく痛んだ。

「キソラは関係ない」とミトリが間に入った。

関係ないのはミトリの方だとキソラは思った。結局、ミトリを巻き込んでしまった事の罪悪感がベルを鳴らさせた。


「僕が前線に行きます」

「面白くないから最初は志願却下だ」とグルタフはタバコを取り出して火をつけた。

ミトリは嫌に大きな声で「どうせそんな体で前線に行っても直ぐに死んじゃうだけ、そしたらまた次を選ぶことになる。私はキソラが回復してから選べばいいと思うけど」と周りを見て言った。周りがざわめいているのが分かった。

「決まりみたいだ。行け」とグルタフは檻を開けてミトリを出した。

「な、待ってくれ」


3日後


遠くからブーツの音がコツコツと近づいてくる。

「次だ、誰が行く?」

キソラは少し細くなった手を上げた。

「お前か」

「死んだんですか」

「そうだ、敵に殺された」

「てき?」

「敵だ。早く檻を出ろ」


前線へと向かう船はキソラには棺の様だった。

「今度は男かよ、花がねぇなぁ」

「黙って寝ろ、眠れないだろうが!」


キソラは甲板に行き、ロザリオを握りしめて、首から引きちぎると投げ入れた。

「こんなもの信じてるから巻き込まれたんだ」 

「君がキソラ君?」

「そうですけど」とキソラは喋りかけてきた人物を睨みつけた。

「僕、補給で一旦下がったけど昨日まで前線にいたんだ。ミトリちゃんは残念だったね」

「くっ」キソラは拳を固く結んだ。

「ミトリちゃんから遺言を預かったんだ」

「『鳥の番が回ってきちゃった、キソラごめんね』だってさ、伝えたからね」と太った軍人は歩いて行った。

「埋葬すら出来てないじゃないか」とキソラは泣き崩れた。


キソラには手錠がかけられ、戦場で医療部隊の補佐や雑用をやらされた。寒大陸に上陸して2週間ほど吹雪が吹き続いている。キソラは双眼鏡で敵の位置を把握しようと努めていた。幸い生き延びることができている。信用されたのか、護身用のハンドガンを持たせてもらえる程だ。


「キソラ君、交代だ、ここを押さえたら補給しに退却する」


「了解です」


キソラは双眼鏡を渡すとテントに帰る。30メートル程後方で爆発した。先程までキソラがいた場所だ。

「敵襲ー!敵が攻めてきた起きろ」 

周りでは轟音と叫び声が飛び交っている。

キソラは膝から崩れ落ちると嘔吐した。その目線の先にロザリオが落ちているのを見つけた。爆発で掘り起こされたのだろうか。

「……ミトリ、久しぶりだな」キソラは歪んだロザリオをポッケに入れるとハンドガンで、寒大陸の兵士を1人撃ち殺した。

「死ねない」キソラはミトリや、まだ檻にいる"きう族"の子ども達を思い出した。だが現実に引き戻す様に銃声が聞こえた。


「パァンパァンパァンパァンパァンパァンパァンパァン」銃声の鳴る方を見ると"きう族"の子ども達が血を流して倒れていた。


「待ってくれ、まだ、僕は死んでない。まだ生きてる!」とキソラは駆け寄る。子ども達の手にはハンドガンが握られていた。


「…‥島に帰りたい」と囁く声は吹雪にかき消された。


「死ぬな、置いてかないでくれ……頼む」


前線から40km後方・補給基地テント内

グルタフは机に向かっていた。テントの入り口が揺れるのを感じるとグルタフは振り向かずに命令した。

「報告書を書いているときに入ってくるな」

「グルタフは戦死したって記入してくれ」

「パァンパァン」

机の報告書に血が染み込んでいく。

「きう族は、感情により天候を操れると考える宗教団体であり、実際にその能力は存在しないことが実験と記録から分かった。本質は、天候に気分が左右されやすい民族といえ、島は温大陸と寒大陸の中間の為に異常気象が起きや|」


テントから出ると、空は雲の切れ間から光が差し込み、天使の輪のような虹がかかっている。天が祝福しているかの様だった。


「その時、私は信仰を取り戻したんだよ」と神父はロザリオを見つめた。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気が晴れた 土城宇都 @Satuka-Seimei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ