11  罪深き獣人たる所以は冤罪

「僕も連れて行ってください!」

「……えっ?」


 俺は間抜けな声を漏らした。

 そこには、ここにいは居るはずがないツキが息を切らして立っていたからだ。


「僕も一緒に行きます!」

「ちょ、ちょっと待って! 何を言っているか分かっているの? さっきの戦い見て、何とも思わなかったのか、俺は魔人だぞ?」

「はい、僕はルキ様の世界征服のお手伝いがしたいんです。……ダメ、ですか?」


 なっ!?

 世界征服の手伝いって……。何を言ってんだこの子。


 ツキの耳は少し垂れ下がり、小さな体が少し震えている。


 いや、そもそも俺に決定権は無いんだけどな。


 俺は老婆に助けを求めるが、微笑みながらコクコクと頷いているだけだった。


「連れて行ってやってください。この子が我儘を言うところなんて、初めて見たもんですから」


 いや、そうは言ってもさ。


 俺は再びツキを見た。

 完全に耳をペタッと伏せてしまい、表情も徐々に沈んいく。


 もともと仲間は欲しかった。

 獣人なら願ったり叶ったり、なんだけど——…


「来たいの?」

「は、はいっ!」


 ツキの表情はみるみる明るくなり、二パァっと笑顔を見せた。


 なんだこれ、可愛過ぎんだろっ。

 この笑顔のためなら、なんでもしてあげたくなる。

 ——この笑顔、守りたい。


 中性的な整った顔立ち、男の子とは思えない透き通っているきめ細やかな白肌。黒髪と同じ色の瞳、俺よりもほんの少しだけ背が高く、プニっとしている頬を少し紅らめさせている。

 そして、フサフサで丸っこい可愛い耳と尻尾。

 ヤバ谷園な件。


 いつかモフりたい。

 まぁ、ツキが来たいって言っているしいいのか。


「じゃ、これからよろしくな。俺の名前はルキな」


 俺は握手を求める様に、ツキの前に手を伸ばした。

 それに応える様に両手で握り返し、ブンブンと上下するツキ。


「はいっ。末長くよろしくお願いします、ルキ様。僕の名前はツキ・サーク、です」

「うん、よろし——…」




 ん?




「えーっと、ん? 聞き間違えていたらごめん。キリムの、娘?」

「はい」


 子供っぽい笑顔を浮かべながらツキは頷く。


「母さんと弟まで助けていただき、感謝いっぱいです! ……どうか、なさいましたか?」


 俺はポカンとしていた。


 母さん? 弟? キリム? 娘?

 は?

 キリムのお子さんがツキで、ツキは女の子で、でも双子リス耳達からはお兄ちゃんって……あれ?


「あのさ、双子の子にお兄ちゃんって呼ばれてなかった?」

「はい、御近所さんなんです。キリムは僕の村の村長で、おばば様が長老です。そこにいるチーとルーはおばば様のひ孫です。薬草を摘みにおばば様たちが村を留守にしていた時に襲撃に逢いまして……」


 質問の意図に若干そぐわない返答だった。


 っていうか、キリムって村長だったのか!?

 要はツキは村長の娘? ダメだろ連れて行っちゃ。


 俺は老婆に助けを求める——が、いまだに俺達の会話を微笑みながら聞いている。


「……あー、のさ。軽々しく世界征服を始めるとか言った手前言いづらいんだけど、無策だよ? 無謀に近いよ? 冒険とか色々するし、滅多に帰ってこれないよ? お母さんはいいって言ったのか? だいたい、魔人の俺を怖くないのか?」

「怖いなんてとんでもないですよ、ルキ様! それに、覚悟もできてます!」


 ツキは目をキラキラさせながら、期待に満ちた表情で俺を見ている。


 そんな目で見ないでっ。

 眩しい。

 憧れのケモ耳っ子が目の前で、俺を見ている。


 くそ、さっきまで男の子にしか見えなかったのに、もう無理だぞ!?

 ツキ=女の子やもん!


 ロリ+ケモ耳+ボクっ娘=最強に尊いだろ!?

 くそっ、理性が……。


「ルキ様?」

「……(あざといな)。いや、うん。じゃあ行こうか?」


 なんで疑問形になったんだ?


「はいっ!」


 そ、即答だと!?

 なんだこれ、なんなんだこれは!


 モフりたい衝動、疼く手をを抑え、俺とツキは洞窟から旅出た。






 元々の目的地だったリンピールに向けて旅を再開して数時間経った頃。


「ねぇツキ。今更だけど、本当になんで一緒に来ようと思ったの?」

「オババ様に聞いたんですよ、僕を助けてくれたのがルキ様だって。戦っていた時はちょっと怖かったけど……。でも、僕たちの為に怒ってくれて、守るって言ってくれて嬉しかったんですよ? それなのに、お礼も言わず行っちゃったから……」

「そ、そっか。でも、ま、みんな怯えていたからなー」


 俺は申し訳ない気持ちになった。

 獣人を守ると言っておいて、一番近くにいたキリムを死なせてしまった罪悪感が蘇る。


「俺は、獣人たち人族とは敵対関係になる魔人だ」

「関係ありませんよ、ルキ様っ!」


 突然、ツキは俺に飛びついてきた。

 しかし、俺はそのツキの行動に違和感を感じた。

 クスクスと笑っているけど、どこか暗いっていうか。


「ルキ様、獣人がどうして嫌われているか。どうして罪人つみびとなのか知ってますか?」

「いや」


 ツキの声のトーンが少し下がった。


『知っていると思うんですけど、獣人は分類上は人族です。

 でも耳や尻尾が獣と一緒とかで、魔人化した魔物だと昔は恐れられていました。

 そんな時、獣人から王国騎士の入団試験に合格した子が出たですよ。

 皆は誇りに思いましたし、感謝もしました。

 これで名を挙げれば、獣人を見る世間体が変わるかも、と。

 そんな期待に応える様に、人間よりも成長の早い獣人の少年はみるみる力を付けていったんです。

 入団時は10才で年相応な少年だった彼は、訓練を積み強くねるにつれ外見も屈強な戦士へと急成長したんです。

 国王からの信頼も厚くなり、南方を治める王国騎士団の朱雀で、エースと呼ばれる様になるまで、そう時間はかかりませんでした。

 でも、そのことを良しと思っていなかった同期で貴族出の男に裏切られ、罪を着せられてしまいました。

 国家反逆罪。

 当然彼には身に覚えがなくとも、王は殺され、目撃証言等もでっち上げられて……。

 彼の処刑はもちろんのこと、一国の王が殺されたのです。その罪は種族すべて、全ての獣人にも罪を着せられました。

 あとは、まぁ、想像通りです』


 ツキの服の裾には力強く握ったシワができていた。


 冤罪、か……。

 そりゃ悔しいわな。


「そっか」

「オババ様から聞いた話なんですけど、実話みたいです。なんでも、騎士団に入団した獣人こそがオババ様のご子息だったみたいで」


 ツキは空気が重くなってしまっていることに気を使い、一転する様な元気な口調へと変わる。


「でもですよ! もう、怖くないですよ! だって、だってルキ様がいますもん!」


 再び無理に作った笑顔で俺に抱きついた。

 俺はあははと笑うツキの頭を優しく撫でた。


 それがきっかけだったのか、ツキの目にはみるみる涙が溜まり、すぐに決壊した。


「うわああああぁぁぁぁん」


 ツキはひたすら泣いた、泣き続けた。


 俺じゃ想像できないくらい辛かったのだろう。

 前世基準で言えば、ツキは元気盛りの小学生くらい。

 いっぱい遊んで、甘えて、学んで、好きなことをたくさん見つける、そんな時期。

 そんな大事な時期に、俺では想像もつかないほどの苦労を強いられていたのだろう。


 俺はそんなツキを優しく撫で、もうこれ以上こんな辛い思いはさせまいと、獣人はみんな守ると再び心に誓った。

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