魔王城で待ち合わせ

千子

第1話

人生にはイージーモード、普通、ハードモードがあるように、俺の人生はハードモードそのものだった。

頭も良くないし運動神経も良くないし人付き合いも良くないし、いいところといえばインドアが過ぎてゲームが得意なところ。

それが高林彰という人間だった。

対して人生イージーモード、頭も良く運動神経も良く人付き合いがよくて信頼されていて友人も多い幼馴染みの佐渡那岐。

まったく接点も無さそうな俺達だが、家が隣同士で幼稚園からなんとなくウマが合って高校に入っても一緒に居る友人だ。


下校も大体一緒に帰る。

お互い帰宅部で帰る方も同じだから自然とそうなった。

いざ帰ろうとするとポツリポツリと雨が降ってきた。

「あー…。雨」

隣を見ると那岐が傘を開いているところだった。

「彰、傘は持ってこなかったのか?午後から雨が降るって予報で言っていただろ?なんなら俺からも言っといただろう?」

「そうだっけ?」

そういや朝にお互いの自室の二階の窓からそんなことを言われた気もする。

「お前は忘れっぽいからなぁ」

そう言いながらも傘の片側に入れてくれる那岐は優しくて、俺はいつも甘えてしまうのだ。




そんななんてことない帰り道だった。

信号待ちをしていると、急に地面が光って見知らぬ場所に居た。

周囲は見慣れない衣装の知らない大人達。

「召喚の儀式は成功だ!」

「これで世界が平和になる!」

なにやら興奮しているようで、那岐と顔を見合わせる。

「お目覚めですね、勇者様。ようこそ。あなたの存在をお待ちしておりました。あなたにはぜひこの世界を救っていただきたいのです」

美少女が一歩進み跪き頭を垂れて告げた。

まるでゲームのような話だ。

「俺が、勇者に…?」

「じゃあ、俺は魔王をやるよ」

驚いていると、那岐が事も無げに言った。

「は?」

「この世界に来た瞬間から理解したんだよな。お前が勇者になる。そして俺が魔王になる」

「いや、なんでだよ!なんでお前が魔王にならなきゃいけないんだよ!」

那岐は笑った。

「そういう風に出来ているから、かなぁ」

那岐の言うことがまったく分からなかった。

ずっと隣に居た幼馴染みが得体の知れないものに感じた。

「とりあえず、魔王城に行かなきゃならんみたいだから魔王城に行ってくるわ。話があったら城でしようぜ」

そう言って那岐は消えた。

忽然と、俺の前から魔王となった那岐は消えたんだ。




そして俺は魔王になると言った那岐を探すためにも魔王城を探した。

俺を勇者と言った美少女も聖女として同行している。

道中、いくつもの村や街に寄ってここが本当に異世界なんだと実感する。

奴隷商からエルフ達を解放させたこともあった。

そのうちの一人のエルフは俺に着いてきてくれて戦闘の手助けをしてくれた。

可愛くて、冒険の旅なんか出来るのかと思いきや攻撃魔法が得意でかなり重宝している。

でも、二人とも距離が近い気がするが、異世界にはパーソルスペースとかないのかな?

俺は那岐が心配で、とにかく前に進みたかったが、行く先々で面倒事が起こる。

とある国とその反乱軍のいざこざに巻き込まれたり、エルフやドワーフを道具として売買する奴隷商、妖精の王国に迷いこんだり、眉唾ものの伝説の剣の話やら魔王の話も聞かされた。

まるでゲームかファンタジーの世界だなとは思ってもどうやら現実のようで、お城で貰った剣から他の剣へと武具を変える頃には冒険者になっていた。


初めて魔物を切り殺した時、聖女さんには褒められたけど俺は吐いてしまった。

何かを殺したのは初めてだった。

国と反乱軍のいざこざを収める時には人間相手にも剣を振るわなくてはいけない場面もあった。

殺さなくては殺される。

仕方がなく人間も殺してしまった時もあった。

段々と殺しても吐かなくなった頃、勇者と聖女さん以外にも呼ばれるようになってきた。

魔王を倒してくれと期待されるようになった。

つまりは、那岐を倒せと言われているんだ。

俺には出来ない。那岐は大切な友達だ。

それに、最初の那岐の言動。

那岐は俺が知らない何かを知っている。

会わなきゃいけない。

俺が何を知らなくて、那岐が何を知っているのか俺も知りたい。

途中で仲間も増えた。

どんどん歩いて魔物を切っては殺して精神が磨耗して虚ろな目と心で、それでも那岐に会いたくて必死に魔王城を目指した。

そこに那岐が居る。那岐に会いたい。

また馬鹿みたいな話で盛り上がりたい。

この世界のこともリアルな夢だよなって笑いたい。笑えない。

俺は、散々殺してきた。

そいつらのことを笑えない。

虚無感のままようやく魔王城に辿り着いた。




那岐は魔王城の奥で仰々しい椅子に座って俺達を見下ろしていた。

「那岐!」

「彰、待ってたよ」

那岐は笑った。

俺の知る那岐の顔だ。なんだか安心して、でもこれまでを思うとなんでこんなことをしなくちゃわからなくて那岐にこれまでのことを話した。

「俺は、ここに来るまで魔物も殺したし時には戦争に巻き込まれて人も殺した」

「だろうな。見てたよ」

那岐は相も変わらず笑って仰々しい椅子に座って俺達を見下ろしていた。

なんで笑っていられるんだ?見ていた?なんで見ていたのに助けてくれないんだ?

「お前は?何をしていたんだ?」

「俺は、この椅子に座って苦悶するお前を見ていたよ」

薄く笑う那岐に泣きそうになる。

なんで、そんな顔をしているんだよ。

「勝負をしよう。そうしたら可能性がある」

「なんの可能性なんだよ」

「そういう風に出来ているから、かなぁ」

那岐が訳がわからないことを言う。

そういえば、最初の時にもそんな風に言っていた気がする。

何がそういう風に出来ているんだ?那岐。

答えを聞きたいけれど、仲間達はもう臨戦態勢だ。

悪い、那岐。

出来うる限り、傷付けずにお前に勝って、世界を平和にする。

そうすれば俺達はお役ごめんで帰れるはずだ。

そして一緒に帰ろう。

今度は傘も忘れない。




そう思って、でも全力で那岐に挑んで俺達は那岐に負けた。

膝をつき、行きも絶え絶えな俺に那岐は泣きそうになる。

「これで何十回目のやりなおしかな?次は生き残ってくれよ、頼む」

真剣な表情と目から、ああこいつは俺のせいで魔王となったんだなと理解して意識が消えた。


この何十回目と見てきて記憶が消えるのも知らずに、俺は残してしまうこいつに胸を痛めた。




「お目覚めですね、勇者様。ようこそ。あなたの存在をお待ちしておりました。あなたにはぜひこの世界を救っていただきたいのです」

美少女が一歩進み跪き頭を垂れて告げた。

「俺が、勇者に…?」




そしてすべてがまた始まる。

勇者が魔王を倒さないと終わらない物語が。

俺にこいつが倒せる訳がないのに、永遠と繰り返される物語。

こいつが俺を倒せる訳がないのに、永遠と繰り返される物語。

何度目かは抗いたくて、一緒に冒険したのに結局魔王として覚醒しなくてはならなくてあいつら全員滅ぼすんだ。

「二十八回前はせめて勇者の剣は持って来いって言ったのに、今回はなかったな。前回とは顔ぶれも違ったし、どこの分岐点に入ったんだ?また、違うルートで導かないと」

一体いつになったら終わるんだろう?

そんな疑問はすべての記憶を持つ魔王のみ。

一人で苦しんで魔王城で蹲っている魔王のみ。

「お前は忘れっぽいからなぁ」

もぞりと動いて昔を思い出す。

「普通に生きたいだけなのに、人生ハードモードだよなあ。このゲーム、いつになったら終わるんだろう」

魔王の独り言は魔王城の中で消える。

「早く終わらせたいな」




俺は、何も知らずに隣の暗い顔の幼馴染みを放って勇者という単語に胸を踊らせた。


再度のループに初めから友人が苦悩する姿を見せ付けられることで負の感情が大きくなり強くなっていく魔王と、何も知らない勇者が魔王城で出会うとき、終わらない物語が始まることを魔王以外誰も知らない。

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