183 お食事会へ

「なんかセンパイだけ早送りされてるみたいにカクカク動くし!? 鉄パイプを投げたと思ったらソレ追い越こすし!? 最後のドッゴオオオオオオオンとか意味わからんってマジで!!」


 つばを撒き散らしながらやいやいワーワーとまくし立てる相原。


 たしかに言われてみれば【加速ヘイスト】の動きって、見た目に違和感があるのかもしれない。


加速ヘイスト】中でも俺は普通に跳んだり跳ねたり自由に動けているので、それを他人から見ると物理法則を無視した動きになっていそうだし、鉄パイプ追い越しと【排出イジェクト】は……普通にやりすぎたと思うよ、うん。


 とはいえ相原のことだ。このままシラを切り通せばなんとかごまかせるんじゃないか――


 と思ったところで、俺の服の袖をクイッと引かれた。伊勢崎さんだ。


 伊勢崎さんは俺の目をじっと見つめながら口を開く。


「おじさま。莉緒さんなら、きっと大丈夫です」


 大丈夫、ごまかせますよ――という意味ではないだろう。伊勢崎さんの真っ直ぐな瞳に促されるように、俺はただ頷いた。


「……とにかくだ。連中に絡まれたせいで時間も食ったし、早く待ち合わせ場所に行かないとな」


 大家さんとの会食の予定時刻は近づきつつある。ここで今すぐタクシーを拾うことがことができたとしても、時間までに間に合うかどうかは微妙なところだ。


 ロックでパンクな大家さんだが、それでもあの人はとても礼節を重んじており時間にも厳しい。


 今よりももっとだらしなく未熟だった若かりし頃の俺は、大家さんには随分と叱られたものだ。お陰で多少はマシな人間にさせていただいたと俺は思っている。


 だからできることなら遅刻はしたくないんだよね。もちろん話はわかる人なので、連絡をすれば問題ないとは思うけど……まあ、ちょうどいい機会だ。


「ちょっとセンパイ! 待ち合わせって、そんないきなり話を変えてごまかそーったって、そうはいかないっすからね!?」


「相原……」


 俺は詰め寄る相原の華奢な肩を両手でしっかりと掴んだ。今、動かれては困る。


「えっ、あの……? そ、そーいうのは、さすがにズルくないっすか? それにウチだってそこまでチョロくは――」


「いいから黙ってろ。動くな」


「ひゃ、ひゃい……!」


 相原はぷるぷる震えながらギュッと目をつむり動かなくなった。なぜか顎が上がっているけど、力を入れると顎が上向くクセでもあるんだろうか? まあいいや。


 相原がお行儀よく動かなくなったので、俺は片手を相原の肩から伊勢崎さんの肩に移した。これで準備万端だ。


 見ると伊勢崎さんは伊勢崎さんでなぜだかムスっと口を尖らせているが……今はとにかく急ごう。


次元転移テレポート】――



 ――すぐに視界が急変し、俺たちはコンクリ床の薄暗い一室に到着した。


 俺の自宅玄関である。ここからタクシーを拾ったほうが待ち合わせ場所には断然近いのだ。


 前を見れば相原がまだ目をつむっている。しかし俺が声をかけるよりも早く、伊勢崎さんが俺と相原の間に割って入った。


「……莉緒さん? いつまで目をつむって……い・る・の・で・す・かっ!?」


 相原の鼻をむぎゅうっとつまむ伊勢崎さん。彼女にしては過激な仕草で、まるでレヴィーリア様を相手にしているかのようだ。本当に仲良くなったんだなあ……。


「ふぎゃっ!? 痛い痛いイターイ! そういうプレイはちょっと――って聖奈ちゃん!? てか、エッ? ここドコ!?????」


 鼻をさすりながらキョロキョロと辺りを見渡す相原に俺は答える。


「ここは俺の自宅だよ」


「ここセンパイの家なん!? んじゃちょっと上がってもいいっすか!? ――って、そうじゃなくてっっ! さっきまでウチら路地裏にいましたよね!? これってどーゆーこと!? ウチ、マジでワケわからんのだけど!」


 またしても騒ぎ出す相原。そりゃまあ、そうなるだろうな。俺は相原にゆっくりと、噛みしめるように話しかけた。


「相原、落ち着いて聞いてくれ。……実は、俺――魔法使いなんだ」


「えっ、センパイってその歳で童て――」


「そういう意味じゃない」


 話が明後日の方向に行きそうになったので、さっさと軌道修正。


「俺はリアルに魔法が使えるってことだ。たった今、【次元転移テレポート】の魔法で俺の自宅に転移したんだよ」


「……は? 魔法!? テレポート!? えっ、ウッソ、センパイ、それマジで言ってんの!?」


 ぎょっとして後ずさる相原。だが狭い玄関なのですぐに背中が壁にドンッと当たった。


 逃げ場のない相原に、俺はさらに続ける。


「マジだよ、マジ。今、ここにいるのがなによりの証拠だろ?」


「そ、それは……そうっすけどお……」


 周りを見渡しながら相原は力なく答える。


「とにかくだ。こうなったからには、大家さんも交えて話したほうがいい。説明は後だ。今は先を急ごう。いいな?」


「うぐっ……。わっ、わかったっす」


 気圧けおされながらもコクリと頷く相原。よし、なんとかなりそうだ。


 そうして俺たちは外に出るとタクシーを拾い、大家さんとの待ち合わせ場所へと向かったのだった。


 ◇◇◇


 無言でタクシーに揺られることしばらく――


 俺たちは郊外にひっそりと佇む、日本庭園に囲まれたお屋敷に到着した。ここが大家さんご指名の料亭である。なお、待ち合わせ時刻には十分に間に合ったが、大家さんは先に到着しているらしい。


 モダンな照明にシックな和風の玄関。いかにも老舗の料亭といったみやびな雰囲気に呑み込まれそうになりつつも、女将さんに案内され俺たちは長い廊下をそろりそろりと歩く。


 ちなみに料亭に着いてからのやり取りは、何度かここに訪れたことがあると言う伊勢崎さんがすべてやってくれた。頼りにならないおっさんで本当にすまない。こんな高そうなお店は来たことがないんだよ。


 そして隣を見れば、相原も珍しくガチガチに緊張していた。俺は親近感を覚えつつヒソヒソと耳打ちする。


「わかるよ。こんな高級そうな店、ビビるよな……」


 だが親しみが湧いていたのもつかの間、相原は怪訝けげんな顔で俺を見上げた。


「……へ? いや、別に店にビビってるわけじゃないっすよ。こーゆートコロ、たまに来ることもありますし」


 あっ、そういえばコイツもいちおう城之内グループのお嬢様なんだった。傍系って話だし、普段がアレなのですっかり忘れていたけど。


 ってことは、この中で一般庶民は俺だけなのか……。その事実に軽い疎外感を覚えつつも俺は相原に尋ねる。


「ふ、ふーん……。それじゃあ相原、お前は一体何に緊張しているんだよ?」


「だって……これから聖奈ちゃんのバーチャンって会うんすよね? そりゃーウチだってビビりますって。ジーチャンからもぐれぐれも失礼のないようにって言われてるし」


「えっ? 会社の上司にタメ口を使うようなお前が……大家さんに緊張してんの?」


「なに言ってんすか? 会社のエラいさんと聖奈ちゃんのバーチャンは比べもんにならんでしょ。かつての城之内榛名はるなといえば、『城之内家繁栄のいしずえ』『城之内の魔女』なんて言われてたガチのレジェンドじゃないすか。ウチなんて昔話と同じくらいの頻度でママから聞かされてたんすけど」


「ええぇ……そうなの? 俺、初めて知ったんだけど」


「マジすか。まあレジェンドを前にしても、そんな風なのはいかにもセンパイってカンジがするし、そういうところもウチは――」


「おじさま、莉緒さん。着きましたよ」


 伊勢崎さんのどこかピリッとした声に、俺と相原はピタリと無駄話をやめた。すぐに伊勢崎さんが障子の向こう側に声をかける。


「お婆様、聖奈です。おじさまと莉緒さんをお連れいたしました」


「あいよ、入ってきな」


 普段と変わらぬ大家さんの声。


「――失礼いたします」


 女将が声を上げ、音もなく障子を開ける。


 そうして俺たちは大家さんの待つ個室へと入っていったのだった。

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