116 紛争の原因
俺は俺と伊勢崎さんの身の上について改めてホリーに話した。情報の共有は大事だからね。
話の流れで別世界『地球』から来たと告白したときは、さすがの有能メイドも絶句していた。ちょっとだけいい気分だったのは内緒である。
そうしてひと通り本当の自己紹介が終わったところで、ホリーがテーブル越しに俺たちに向き直った。
「お二人は、同じ主君を
問いかけに隣に座る伊勢崎さんは頷いたが、俺は何も知らないままだ。それほど興味がなかったのもあるし、伊勢崎さんが言いたくなさそうだったというのもあった。
首を横に振った俺を見てホリーが話し始める。
「二つの領地の間には荒野が広がっているのですが、領地の境目付近で魔石の鉱脈が発見されたのが事の発端でした」
「魔石……ですか?」
「はい。魔道具などにも使われている、魔素がふんだんに含まれた鉱石です。大きさや性質によって価値は変わりますけれど、様々な用途がありますので需要が尽きない鉱石です」
「はー、なるほど。それを巡って争いが起こったのですね」
「そういうことです。発見当初はそれぞれ自分の領地から魔石を掘り進めていたのですが、さらなる魔石を求めて掘り進めているうちに互いの坑道が接触してしまいました。そこから争いに発展した次第です」
「でもたしか……一度は王様がカリウス領とディグラム領の仲を取り持とうとしたんですよね?」
「その通りです。王の仲裁により、カリウス伯爵家令嬢であるデリクシルとディグラム伯爵家令息であるグラードとの間で婚約が決まりました。そしてこれを機会として二領地間で魔石鉱山に対する協定が結ばれる予定でしたが……直後に大聖女セイナ様が暗殺されてしまい、婚約も協定も破談となったのです」
「えっ、どうしてですか?」
思わず聞き返す俺。婚約も協定も大聖女の暗殺とは関係ない、そんな気がするんだけど……。
「カリウス領は大聖女セイナ様を輩出した領地。大聖女セイナ様はそのご活躍により、王都に拠点を移す予定であったと聞いております。それを考慮した協定はカリウス領に有利な条件でした。ですからセイナ様が暗殺されたことで、協定の内容を見直すべきという訴えがディグラム家からの起こり……そこからこじれにこじれ、婚約も協定もお流れとなってしまった次第です」
「なるほど……」
頷きつつ、俺は椅子の背もたれに体を預けた。
以前、伊勢崎さんはどの手の者に暗殺されたかはわからないと言っていた。しかし今の話を聞く限り、協定の内容に納得がいかなかったディグラム家が伊勢崎さんを暗殺したとしか思えない。
大人の都合で振り回され、最終的に暗殺されてしまった伊勢崎さん。改めてそんな彼女の境遇や心情を
――と、そこで伊勢崎さんが
「あの、おじさま……。以前にもお伝えしましたが、私自身は暗殺されたことも、その犯人探しもどうでもいいと考えています。ですからどうか、そんな悲しい顔をなさらないで……」
「あれ、そんな顔していたかな?」
多分していたのだろう。だが俺が自分の顔をむにむにと触りながらごまかすと、むうっと伊勢崎さんが眉を吊り上げた。
「しーてーいーまーしーたー! ……ですけれど、本当にお気になさらないでくださいね。私は暗殺されたお陰で地球に戻れましたし、なによりおじさまと出会うことができて今は毎日幸せなのですから」
「そうかい? それなら伊勢崎さんがもっと幸せになれるように、俺も頑張らないとね」
「まあっ、おじさまったら!」
笑顔を見せる伊勢崎さん。俺と会って幸せだなんてさすがに大げさすぎると思うが、自分のために俺が気を揉むことを心配してくれているのだろう。そんな優しい気配りに応えるためにも、俺も深く考えることは止めておこう。
「あの……。お二人は本当に結婚してらっしゃらないのですか?」
その声に顔を向けると、ホリーが
「はは、まさか。俺はただの近所のおじさんですよ」
「ただのおじさまじゃありませんわ。とてもとっっっっても素敵なおじさまです!」
すかさず訂正を入れる伊勢崎さん。相変わらず俺への評価が高すぎる。まあ慕われているのはいいことだけどね。
俺たちの返答にホリーは何か言いたげな顔をしたが、それをそのまま飲み込んだ。
「すいません、話がそれてしまいましたね。それでは続きをどうぞ」
俺の言葉にホリーが頷き、話が再開されたのだった。
◇◇◇
縁談が流れてからというもの、王としてもこれ以上世話を焼くことはなかったそうだ。
伯爵領は納税が優遇されており、鉱山を巡って揉め事が起きたところで王の懐具合もさほど変わらないので、ヘタな口出しを諦めたのだろうとのことだった。
そうして二伯爵はお互いが鉱山を掘り進めるのを邪魔するように兵士をけしかけ、やがて鉱山は閉鎖。今でも散発的にちょっかいをかけたりかけられたりしているのだそうだ。
「――なるほど。今の現状はよくわかりました。それで俺たちにしてほしいこととは何なのでしょうか?」
なんやかんやでこれが一番重要だ。俺の問いかけにホリーが静かに答える。
「今までは散発的な嫌がらせでしかありませんでしたが、本格的な進軍となりますと、この町はあっという間に占拠されてしまうでしょう。ですから鉱山付近に砦を築きたいと考えております。そのための資材を運ぶのをマツナガ様にやっていただきたいのです」
なるほど、資材運びか。前線で戦うなんてことじゃなくて本当によかった。
もしかするとアースドラゴンを収納したときからホリーは俺に目をつけていたのかもしれない。たしかに資材運びなら俺の得意とするところだろう。
ホリーの提案に俺は首を縦に振ったのだった。
――後書き――
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