109 王道展開

 俺は偶然出会った相原と別れ、伊勢崎さんたちと一緒にコスメショップへと向かった。


 さすがにスマホのバッテリーが切れた状態で、伊勢崎さんとレヴィーリア様の二人きりは保護者として不安すぎる。せめて俺が店の前で待っておくことにしたのだ。


 そうしてショッピングモールを歩いていると、伊勢崎さんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「おじさま。私の不注意で申し訳ありませんでした」


「いやいや、気にしないでいいよ。俺も特に用事があったわけじゃなかったしね」


「ですが、せっかく元同僚の方とお会いになっていたのをお邪魔するような形に……。以前お写真でお見かけしたとおり、とてもお綺麗で明るい方でしたし……」


「ああ、相原のこと? ちょうど話も終わったところだったし、アイツはヘタに構うとしつこいからね。アレくらいでちょうどいいんだよ」


「むうっ、それです……!」


 見ると伊勢崎さんが珍しく不満げに頬を膨らませていた。


「『お前』とか、『アイツ』とか、おじさまはあの方をずいぶん気安く呼ばれるのですね」


「えっ、そうかな? まあ……アイツには教育係時代に限らず、それが終わった後もずっと苦労をかけられていたからなあ……。でも少し態度は悪かったかもしれないね。これからは気をつけるよ」


 伊勢崎さんはお嬢様だもんな。普段から先輩の俺をからかったり図々しかったりする相原とはいえ、女性を雑に扱うのは気になるものかもしれない。


 しかし伊勢崎さんはブンブンと首を横に振る。


「いえっ、そういう意味ではなくてですね……! えっと、その……むしろ私も同じように扱っていただきたいといいますか……」


 もじもじと肩を揺らした伊勢崎さんが、グッと俺に顔を近づけて言い放つ。


「あのっ、おじさま! これからは私のことも『お前』って呼んでいただいてよろしいでしょうか!?」


「へ? ……いやいや、大家さんから預かっている大切な女の子をそんな風に呼べるわけないじゃないか」


「ですからそこを、そこをなんとか!」


「だ、駄目だって」


「それならせめて一度だけでいいですから! 相原様のように雑に扱う感じでお話してくださいませ! どうか、どうか! お願いいたします!」


 必死の形相でお願いしてくる伊勢崎さん。なんだか土下座までしそうな勢いだよ。さすがにしないだろうけど。


 しかしただですら目立つ伊勢崎さんがこのままなりふり構わずお願いを続ければ、また注目を集めてしまうかもしれない。


「わ、わかったよ。それじゃ本当に一度だけだからね?」


「はいっ!」


 伊勢崎さんがグッと両手を握って待ち構える。


 ……ええと、相原と接してるつもりで言ってあげればいいんだよな……。それじゃあ――


 俺はため息をつくと、やれやれという風に肩をすくめた。


「お前さ、今どきのJKが町を出歩くときにスマホのバッテリーを切らすってどうなんだよ。今はいいけど、そんなんじゃ俺がいなくなったとき困るだろ? 俺だってずっとべったりしてるわけにもいかないんだし、頼むからもう少ししっかりしてくれ――って、……もちろん本当はそんなこと思ってないからね? 伊勢崎さんは俺がいなくたってしっかり者なんだから」


 目を見開いたままぶるぶると震えだした伊勢崎さんに、俺は思わずフォローを入れた。しまった、さすがに言い過ぎたか。


「……良い」


「え?」


「ああ……良いっ! とても良いですわ、おじさまっ! 雑な扱いの中にもしっかりやさしさと思いやりが込められたお言葉!」


 自分の両肩を抱きながら身じろぐ伊勢崎さんが興奮気味に言葉を続ける。


「おじさま、もう一度! もう一度お願いします! ……今度は……そうですね、もっと乱暴な口調でもよろしいかと! そして普段はやさしく、時には強引に攻めていくような感じでお願いいたしますわっ! そうしたら、そうしたら私はもう……!」


 え、なにそのリクエスト……伊勢崎さんの様子がおかしい。そもそも俺はさっきの台詞にやさしさも思いやりも込めたつもりはない。


 ただ相原の教育係時代に仕事中にSNSをやりすぎてスマホのバッテリーを切らした相原に実際に言った説教のアレンジである。


 ……そういえば、少女漫画のテンプレでお嬢様が不良に雑に扱われて『なんて失礼な方なのかしら! でも気になる……!』みたいなシチュエーションがあるけれど、そういうのに憧れてるのだろうか。


 もしそうだとしたら、そういうのは俺のようなおっさんじゃなくて、クラスメイトなんかとやってほしいものだけど。


 あっ、でも伊勢崎さんがそういうシチュエーションに流されて不良と付き合ったりするのはなんだか嫌だな。やっぱり俺も納得するような、真面目で人当たりもよくて将来性もある相手でないとね。


 ――と、まあそれはさておきだ。


「駄目だよ。一度切りって約束だよね?」


「そうですわ! それにお姉さまはお姉さまですもの! お姉さまにそのような無礼な言葉が投げかけられるのは、わたくしにも耐えられませんわ!」


 そう言って伊勢崎さんの腕を抱くレヴィーリア様。どうやらレヴィーリア様も加勢してくれるらしい。


「そういうこと。それにほら、お店が見えてきたからこれで終わり。わかったね?」


「ううっ、おじさまのいじわる……」


 さっきよりも頬を膨らませながらも、しぶしぶながらコスメショップに入っていく伊勢崎さんと、しれっと腕を抱いたままのレヴィーリア様。


 俺はそれを見送って、今度こそ本気でやれやれと息を吐いたのだった。

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