103 引きこもらない

「ふうっ……。これで終わりましたわね!」


 俺の自宅の模様替えが終わった。レヴィーリア様はひとつ大きく息を吐くと、そわそわと何かを期待するかのような瞳で俺と伊勢崎さんを見つめている。


 そしてそんなレヴィーリア様に、伊勢崎さんはいたずらっぽく口の端を上げながら話しかけた。


「そうですわね。それではおじさまのお手伝いも終わったことですし、異世界に戻りましょうか」


「ええっ!? そんなぁ……! わたくし、もっとこちらに居たいですわ!」


 涙目で声を上げるレヴィーリア様。それを見て伊勢崎さんがころころと笑う。


「うふふふっ、冗談です。レヴィはお仕事の息抜きをしたいのでしょう? それならおじさまがお許しになりましたらファ◯コンで遊びましょうか? そうね……今回は『ス◯イキッド』はどうかしら?」


 などと提案する伊勢崎さんだが、『ス◯イキッド』だって? それはいけない。


『ス◯イキッド』は一見、二人同時プレイ可能のほのぼの横スクロールシューティングゲームである。


 しかし自機の弾丸にお互い当たり判定があり、その気になれば妨害プレイで殺伐とした空気になりがちなゲームなのだ。当然、伊勢崎さんの中では対戦ゲームということになっている。


 これを対戦ゲームでは一切手を抜かない伊勢崎さんとレヴィーリア様とプレイすれば、背後からレヴィーリア機を嬉々として撃ちまくる伊勢崎機が目に浮かぶ。というか俺もやられたことがある。


 だがそんな気配を読み取ったのか、レヴィーリア様が言いにくそうに目をそらしながら答える。


「あのう……ファ◯コンは楽しいのですが、お姉さまと遊ぶと情け容赦なく叩きのめされてしまいますし……。それよりもわたくし、マツナガ様のご自宅から外に出てみたいのですけれど、それはダメ……でしょうか?」


「えっ、それは――」


 俺と伊勢崎さんが顔を見合わせた。


 好奇心旺盛なレヴィーリア様のことだ。せっかく異世界にいるのに、独身男性のこじんまりとした住居をうろつくだけで満足するはずがない。


 それは最初からわかっていたことだ。だから俺はこう答えるだけである。


「――もちろん構いませんよ」


「まあっ、ありがとう存じます!」


 満面の笑みを浮かべるレヴィーリア様。それとは逆に伊勢崎さんは心配そうに眉尻を下げる。


「おじさま、本当によろしいのですか? レヴィのことです、おじさまにいろいろとご迷惑をおかけすることになるかもしれませんが……」


「いいんだ。異世界を見て回るのは楽しいってことを俺は知っているのに、こんな独身男性の部屋に閉じ込めておくのはお可哀想だからね。せっかくだからレヴィーリア様にも日本を楽しんでほしいと思うよ」


「まあっ……! なんてお優しいのかしら、さすがはおじさまです! ちなみに私ならおじさまのお部屋にずうっと閉じ込めれられても平気ですけどね!」


 さらっと怖いことを言う伊勢崎さん。まあ伊勢崎さんは出会った当初は引きこもりがちだったし、ゲーム機が置いてある部屋ならなんとかなる……のかな?


「とにかく、そういうわけで外に出ましょう、レヴィーリア様。ただ――」


 俺はレヴィーリア様の姿を上から下まで眺めた。もはや見慣れた感のあるフリフリのついたドレス。いかにも貴族令嬢のファッションである。


 しかしさすがにその格好で外をウロウロするのは目立ちすぎるだろう。外を見学するのはいいけれど、無駄に目立っていいわけではない。今のドレス姿で目立たないでうろつけるのはコスプレ会場くらいだと思う。


 そういうことで俺から着替えを提案したところ、伊勢崎さんもその意見に頷いた。そして難色を示したのがレヴィーリア様だ。


「あの……本当にこのドレスから着替えなくては駄目ですか? この衣服はわたくしの貴族としての生き様、誇りを民に示すためのものでもありますの。それを脱げというのはあまりにも……」


 レヴィーリア様が悲しげにうつむく。思った以上にドレスに思い入れがあったようだ。それなら本当にコスプレ会場くらいしか行けそうなところがない。


 今からコスプレをやってる会場ってあるのかな? とスマホを取り出そうとしたところで、伊勢崎さんがレヴィーリア様の肩にそっと手を置いた。


「レヴィ、あなたのそういう真面目なところは美点だと思います。けれど今だけはすべてを忘れて楽しみませんか? せっかく羽を休める機会なのですし」


「お姉さま……」


「とはいえ、私の手持ちのお洋服の中にレヴィが着れるものはあったかしら。あなたの方が背が高いし……」


 そう言ってため息をつく伊勢崎さんにレヴィーリア様が食いついた。


「ええっ!? わたくし、お姉さまの着古しを着れるのですか!? 着ます着ます! 着ますとも! そしてドレスを脱ぎますわー!!」


「着古しじゃないです! そのうち着ようと保管している物がいくつか……って、ああもうっ、こらっ、離れなさい!」


 誇りはどこにやら、今日一番にテンションが上がるレヴィーリア様。どうやら服装の件は問題がなくなったらしい。


 そうして興奮冷めやらぬレヴィーリア様を伴い、俺たちは伊勢崎さんのお屋敷に直接『次元転移テレポート』したのだった。

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