85 保護者にご報告

 相原と何度か連絡を交わし、相原のお爺さんとの面会予定日は来週に決まった。


 相原なら「じゃあ明日で!」とでも言い出しかねないと思っていたのだけれど、どうやらお爺さんは先日ちょっとした手術をしたそうで、しばらくはお見舞いに訪れる親戚が多くなるらしい。


 いかにもVIPらしく、お見舞いをするには事前に連絡をして予約を入れる必要があるのだそうだ。そしてお見舞いする人が多くなると、やはりお見舞いの時間が短くなってしまう。


 そんな決められた時間の中でお爺さんと俺が面会したとしても、お爺さんが満足しないかもしれないし、そうなるともう一度彼氏に会わせろという話になりかねない。


 なので俺との顔合わせは、来客が減ってゆっくりとできる来週まで待ってほしいとのことだった。意外と冷静な相原である。


 そうしてこの日の俺は久々に自宅に引きこもり、異世界の旅の間に楽しむことのできなかった日本のテレビやらマンガやらネットやらといったコンテンツを楽しんで一日を過ごした。


 ちなみに俺の感覚的には十日のお預けがあったにもかかわらず、地球では一日ほどしか時間が過ぎていないので、話の続きの気になるようなものはほとんど更新されていなかった。


 やっぱり異世界に入り浸りすぎるのはよくないと再認識したよ。



 ◇◇◇



 領都から帰還して二日目。この日も昼まではのんびりと過ごした。


 本来ならひょんなことから手に入れた一億Gで魔道具やら家具やらを買いまくりたいところなのだけれど、どうせなら交流のある前線都市グランダのレイマール商会で購入したい。


 贔屓ひいきの店を作ることは大事だ。いろいろと融通を利かせてくれることもあるかもしれないしね。


 しかし領都に旅立ったはずの俺が今、レイマール商会に姿を現すと話がややこしくなってしまう。まあ俺の動向なんて知らないかもしれないけれど、念のためだ。あと数日は待ったほうがよいだろう。


 そうしてのんびりだらだらとしている間に昼になり、いい加減外出をしたくなってきた俺は、大家さんに今回の異世界旅の報告をするために伊勢崎邸へと向かうことにした。


 大家さんには報告なんて必要ないとは言われてはいるけれど、やはり大事なお孫さんを異世界に連れて行っているのだ。大人として保護者に報告をしないわけにはいかないからね。


 そういうことで今回も手土産を片手に、伊勢崎邸を訪ねたのだった。



 ご近所の伊勢崎邸には徒歩で数分もかからないうちに到着。本日は平日なので伊勢崎さんは学園で勉学にいそしんでおり、伊勢崎邸には大家さんしかいなかった。


 このお宅は豪邸でお金持ちなのに、お手伝いさんなんて人もいない。伊勢崎さんと大家さんの二人っきりなのだ。


 俺を出迎えてくれた大家さんからは思ったとおり「報告なんていらないよ」と面倒くさそうに言われたのだが、俺の持ってきた手土産には興味を示してくれた。やはり手土産は大事だね。



 ◇◇◇



「アレは前に貰ったドブネズミの肉よりも美味いのかい?」


 客間にて、俺がお土産に渡したグレートボアについて大家さんが問いかける。


「大家さん、ドブネズミじゃなくて土ネズミです」


「なんだい、細かいねえ」


 口を尖らせる大家さんだが、ドブネズミでは魔物ではなく、ただの不衛生な小動物になってしまう。ここはこだわらせていただきたい。


「とにかく、その土ネズミよりも美味しかったですよ。土ネズミは庶民の間でも親しまれている食材なんですが、グレートボアは異世界でも高級な食材で、貴族や成功した商人といった富裕層が好んで食べるそうです」


「ふうん。わざわざそんな良い物を手土産にだなんて、あんた無理したんじゃないだろうね? あたしのようなババアにそこまでの気遣いは不要だよ?」


「それがまあ……いろいろとあって、商会の人からタダでたくさんもらったんです。そのお裾分けですからで、気にしないでください」


「ヒュー、その辺りの話は面白そうだね。それじゃせっかくだから話してもらおうかい」


 口笛を吹き、ニヤリと笑う大家さん。どうやら当初の予定どおり、大家さんへの報告の義務を果たせそうだよ。



 ◇◇◇



「――貴族の令嬢を暗殺にきた連中を返り討ちにして、アースドラゴンってのをぶっ殺したってワケかい? やるじゃん松永君」


「ええ、まあ運が良かっただけですけどね」


「なに言ってるんだい。たしかに松永君と暗殺者の相性はよかったかもしれないけれど、あんたの才能と機転、度胸があったからこそ聖奈と貴族の令嬢を守ることができたんだ。そういうのは運とは言わないよ。ヘイ、ユー。男がやり切った仕事にはしっかりと胸を張るんだね」


「は、はいっ」


 大家さんに指を差され、ビシッと背筋を伸ばす俺。俺は学生の頃からお世話になっている大家さんには逆らえないのだ。大家さんは満足げにうなずき、話を続ける。


「グッド。それじゃあそのアースドラゴンの肉なんかもあるのかい?」


「いやーそれがアースドラゴンの肉は食べられないらしいんです。とにかく固くて何にも使えないそうなので焼却処分するしかないらしいですよ」


「へえ、そいつは残念。……しかし竜殺しか。まさに神話のような話だね。超クールじゃん、ドラゴンスレイヤー松永君?」


 そう言って、からかうように口の端を吊り上げる大家さん。ドラゴンスレイヤーと言われて喜ぶような歳でもないのでなんだか気恥ずかしい。


「いやいや、やめてくださいよ。とにかく、そのアースドラゴンを商会に売っぱらったんですけど、今回持ってきたグレートボアの肉は、その支払金とは別にサービスでもらったものなんです」


「なるほど、そういうことかい。相変わらず異世界でのお金稼ぎは順調のようじゃないか」


「はあ、まあ日本では相変わらずただの無職なんですけどね……」


「こっちでの金策なんて、いつかポロリと転がりこんでくるさね。そんなことより松永君も聖奈も楽しそうでなによりだ」


 暗殺者に襲撃されたのを「楽しそうでなにより」で片付けるのはいかがなものかと思わないでもないけれど、大家さんは心底嬉しそうに笑う。そうしてふと部屋の時計を確認すると、スクッと席を立った。


「……さてと、そろそろ頃合いかね。それじゃあ聖奈はいないけど、少しだけグレートボアとやらの味見をしてみようか」


 そのまま客間を後にする大家さん。


 俺を客間に案内した後、大家さんは手早くグレートボアの肉を切り分けて料理していたみたいなんだけど、いったいどんな料理を作っていたんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る