82 久々の日本

「――『次元転移テレポート』」


 俺と伊勢崎さんは榛名荘マンションの俺の自宅へと戻ってきた。


 俺としては謎のモヤモヤを解消するべく、とりあえず気分転換をしたかっただけなのだが、伊勢崎さんと相談した結果、領都観光はこれにてひとまず終了ということになった。


 まあ日も暮れかけていたし、夜は観光を楽しめるほど治安が良いともいえない。なにより伊勢崎さんによるプロ顔負けのガイドのお陰でおおよそ観たいものは観て回ったこともあり、お開きにするにはキリがよかったということである。


 そういうことで俺たちはしばらくの間、日本でゆっくりと過ごすことに決めた。


 十日かけて領都に行ったけれど、その間は日本に戻ってくることはあっても、買い出しをしてはとんぼ返りをする日々を送っていた。しばらくはテレビやネットやマンガといった日本の文化を楽しみながらのんびりとするのもいいだろう。


 時刻は深夜。夜道は危ないので俺は伊勢崎さんを『次元転移テレポート』で直接伊勢崎邸へと送った。


 さすがに大家さんは就寝中らしく、静まり返った伊勢崎邸。俺は伊勢崎さんへの別れの挨拶もほどほどに自宅に戻ると、寝袋ではなくもはや懐かしさすら感じるベッドで横になり、あっさりと眠りについたのだった。



 ◇◇◇



 翌日の昼頃、俺は目を覚ました。異世界の旅の間は毎日早朝出発だったこともあり、惰眠をむさぼるのも久々だ。やはり無職はこうでないと。


 俺はトイレを済ませて顔を洗うと、朝食兼昼食のカップラーメンのお湯を沸かしながら適当につけたテレビの流し見をして、のんびりと日本の文化を味わう。


 そんな時にふと、『収納ストレージ』にスマホを入れっぱなしだったことを思い出した。


 さっそく取り出してみると、その瞬間にLANEメッセージが受信されてスマホが震える。画面には元会社の後輩、相原のアイコンが表記されていた。


『昨日、センパイをモールで見たっすよー。なんかすっごい美人のJKと一緒だったっすけど、お二人はどういう関係なんすか? マジ気になるしー』


 そんなメッセージのすぐ下には、ウサギが両手を合わせて『おしえて♡』と可愛くお願いしているスタンプがついている。


 はて、昨日……? ああ、そうか。ショッピングモールに買い出しに行ったことがずいぶん前のことのような気がしていたけれど、アレは昨日の出来事になるのか。


 俺はさっそく返信を送る。


『彼女は俺がお世話になってるマンションの大家さんのお孫さんだよ』


 送った瞬間、すぐに相原から返事が届いた。この時間帯は仕事中のはずなんだが、コイツ大丈夫なのかね。


『ほほーう。そのわりにはなんだかすっごい仲がよさそうでしたね?』


 そのメッセージの下には、首をかしげて「あやしい」とつぶやくウサギのスタンプが添えられている。今更だけど本当にスタンプが好きだなコイツ。俺は面倒だからやらないけど。


『まあ彼女とも、もう数年来の付き合いだからな。昨日はいろいろと買い出しに付き合ってたんだよ。それがどうかしたのか?』


 どうやら相原には、ショッピングモールで買い物をしているところを見られたようだ。しかしさすがに異世界に行く準備をしていたとは言えないので、適当に話を作る。するとまたすぐにメッセージが届いた。


『えーと、念のため、マジ念のために聞いておくだけっすけどー。お二人が付き合ってる……とかないっすよね~? JKはイカン、イカンですぞ!』


 今度は手錠をされ、ガックリとしょげているウサギのスタンプ付きだ。


『そんなわけないだろ。アホなこと聞いてるんじゃないよ』


 なんでも色恋沙汰に繋げるとか、相変わらず学生気分の抜けないヤツめ。俺が仕事で年頃の女性と会話をするのを見かけるだけで、「ああいうのがタイプなんすか?」とか毎回聞いてくるようなヤツだからなコイツは。


『ですよねー。まあそうだとは思ってたんですけどねー。いやー、変なこと聞いてマジごめんなちゃい』


 土下座ウサギのスタンプも同時に送られてくる。まあコイツが俺をからかうのは今に始まったことじゃないので、こんなことでいちいち腹が立ったりもしない。


『話はそれだけか? それじゃ俺は無職を満喫するから、お前は仕事に励みたまえよ』


 そうして無職マウントを取りつつ俺がスマホをテーブルに置こうとしたところ、またしてもスマホが震えた。


『ちょい待ってってばセンパイ。あのJKがセンパイの彼女じゃないなら、ウチからひとつお願いがあるんすけどー』


『なんだ? 借金なら無理だぞ。他をあたってくれ』


『お金じゃないっすよー』


『じゃあなんだ?』


『……実はですねー。ウチと付き合ってほしいんですけど』


『なんだそんなことか。まあお前も知ってのとおり、俺は無職だし時間だけなら余裕がある。少しくらいなら別にかまわないぞ。いつどこに行くんだ?』


 なんだかんだで会社で世話をしてやったかわいい後輩だ。それくらいのお願いなら聞いてやらんでもない。


『ああ、そうじゃないっす。そういうのじゃなくてですねー……。ウチとお付き合いをしてほしいんです。ええと、結婚を前提に』


「――は?」


 俺はスマホを片手に、独りで間の抜けた声を漏らしたのだった。

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