79 ご奉仕

「へぇ……いい女じゃねえか。デリクシル様は今日は特にお怒りのご様子で心底肝が冷えたしよ、たしかにこれくらいの役得がねえとやってられねえよなあ……?」


 もう一人の兵士が退路を断つように、俺たちの背後に回りながら言った。どうやら二人して伊勢崎さんに貴族ハラスメントを行おうという算段らしい。


 もちろん伊勢崎さんは大家さんから預かっている大事なお孫さんであり、俺としても妹のように思っている大切な女の子だ。貴族ハラスメントなんてさせるわけにはいかない。


 それならばと、俺はちらりと伊勢崎さんと視線を交わし――揉み手をしながら兵士に近づいた。


「フヒヒ! そうですか、そういうことでしたら承知いたしました。私といたしましても、我が妻が日々大変な職務に励んでおられる皆様のご心労を少しでも和らげることができるのでしたら、これに勝る喜びはありませんとも、ええ!」


 俺の言葉に兵士二人は顔を見合わせ、ほくそ笑みながら頷く。余計な手間をかけずに済んだと思ったのだろう。


 それを見て手応えを感じた俺は、伊勢崎さんに顔を向けると尊大に胸を張りながら彼女に言いつける。


「おいっ、そういうことだ。お前はしっかりとお二人にご奉仕して差し上げるんだぞ!」


 眉を吊り上げながらの俺の言葉に、彼女は涙を浮かべてかぶりを振った。


「ああ、旦那様っ! そんなご無体な……!」


「ええい、黙れっ! 皆様のご心労を癒やしてさしあげることこそが、引いてはデリクシル様への忠誠を示すことにつながるのだ!」


「酷い、酷いわ旦那様。あんなに愛し合った二人の愛は偽りだったとでもいうの……!?」


「ははっ、あんな戯言を信じていたのか? まったく愚かな女め。グズグズしていないでさっさと覚悟を決めろ。わかったな?」


「しくしくしく、わかりました。旦那様がそうおっしゃるのなら……およよよよ」


 ヨヨヨとよろめきながら、か細い声を漏らす伊勢崎さん。ふむ、なかなかの演技力じゃないか。これは俺としても負けていられないね。


 俺はさらにねっとりと餅を練り込むように揉み手をしながら、会心のゲス顔で兵士に笑いかけた。


「クヒヒイッ! 見ての通りしっかり言いつけておきやした。これでもう大丈夫でゲス。どうかごゆるりと楽しんでくだせえでゲスゥ……」


「おっ、おう、よくやった……。だがお前、なにか口調が変わってないか?」


「そうでゲスか? 私は最初からこんな口調でゲスよ」


 俺は学生時代に文化祭の演劇で役者として出演したことがある。そのときにはあまりの役者っぷりにクラスメイトからは「二度と演技をしないほうがいい」と嫉妬混じりの言葉まで貰った。そんな俺の演技力をナメないでいただきたい。


「そ、そうか。……まあいい。おい女、理解のある旦那でよかったな? 後はせいぜい俺たちを楽しませることだ。気に入ったならまた呼んでやるからよ。へへへ……」


 気を取り直した兵士が、からかうように伊勢崎さんの顔を覗き込み、彼女の肩を掴もうとした。だが俺がその前に立ちふさがると兵士の顔が一変。


「……あ? なんのマネだ? もしや気が変わったとでも言うつもりなのか? そういうことなら……」


 兵士が俺を睨みつけながら剣の柄へと手を伸ばす。だが俺は両手を上げてゲススマイルを浮かべながらヘコヘコと頭を下げた。


「いえいえいえ! 滅相もありませんでゲスよ。さすがにこの場では人の目もありましょう? ですけどほら、丁度あちらに人目につかない路地があります。あちらならゆっくりと楽しめることができるでゲスよ。ささっ、そちらの方もどうぞでゲス」


「なんだ俺たちまとめて相手をさせるつもりなのかよ。まあその方が早く済むし丁度いいか、へへ……」


 俺が路地を指差すと、もう一人の兵士も薄ら笑いを浮かべながらついてきた。あっさりと馬車を放置するあたり、職務に忠実とは言えないね。


 そうして俺と伊勢崎さんに連れられて、二人の兵士が路地裏へと入っていったのだった。



 ◇◇◇



「しくしくしく。ああ旦那様、それでも私は旦那様の愛を信じております……! ああっ旦那様、旦那様。私たちの愛は永遠……!」


 伊勢崎さんの身振り手振りを加えた熱演が続く中、俺たちは路地を進んでいく。


 そうだったらいいなと思っていたのだけれど、ありがたいことに路地はしばらく歩くと行き止まりになっていた。


 兵士たちも同じように思っていたのか、これ幸いとばかりに早くも自らの腰のベルトに手をかける。静かな路地でカチャカチャと金属が擦れる音が響く中、浮かれた兵士の声がそれに混ざった。


「よし、それではさっそく奉仕をしてもらおうか。……オイ、お前はいつまでいる気だ? もう帰っていいぞ」


 俺に向かってしっしっと手を払う兵士。俺は笑みを浮かべて二人の兵士に近づくと、


「ああ、ご心配にはおよびませんよ」


 二人の肩をポンと触って――


「――『次元転移テレポート』」


 そう言葉を発した。



 次の瞬間、兵士二人と俺、ついでにいつの間にか俺の背中に触れていた伊勢崎さんは、ひたすらにただ草原だけが広がる大地へと転移したのだった。

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