60 再会
何度か『
見渡すと辺りにはいたるところに倒れている賊の姿があり、ここで激しい戦闘が繰り広げられている様子がみてとれる。
しかし二十人以上の賊相手に対して、三人(うち一人負傷)の護衛騎士相手では分が悪いと思っていたのだけれど、攻勢を強めていたのは三人の騎士と――メイドのホリーの方だった。
遠くでは柱をぶん回して奮闘する騎士や、足から血を流しながらも素手で賊を殴りつける騎士。
そして俺の目の前では、驚くことにメイドのホリーが短剣を右手と左手それぞれに持って、二人の野盗相手に互角以上の戦いを広げていた。
すでに自慢のメイド服もボロボロだけれど、目だけが
そんなホリーは賊の剣をかいくぐると、その喉元を短剣で掻っ切り、くるりと回転した振り向きざまにもう一人の賊の胸に短剣を突き刺した。
賊二人がほぼ同時に崩れ落ちるのを、油断なく見つめるホリー。どうやら彼女はただのメイドではなく、護衛も兼ねていたようだけど――
するとホリーは突然こちらに振り返り、俺に向かって短剣を構えた。だが、俺に気づいてすぐに短剣を下ろす。
「マツナガ様、いつの間にそこに? いえ、ご無事でしたか!」
「は、はい、無事でした。そ、それで今の状況は?」
血濡れた短剣を手に持って駆け寄ってくるホリーにビビりながらも、俺はなんとか言葉を返す。ホリーは森の方を見つめながら言う。
「先程なぜか召喚されたアースドラゴンが森の方に落ちていったのですが、それで賊が浮足立っております。このままいけば撃退できるかと」
「いせ――妻とレヴィーリア様は?」
「賊の攻勢が激しく、未だ馬車の中を確認できておりません」
そう言って矢が突き刺さっている馬車を心配そうに見つめるホリー。たしかにひっきりなしに賊が攻めているのだから、まずは敵の撃退するのが先決だ。
「そうですか。わかりました」
それなら二人の安否を確認するのは俺の役目だろう。そう思って俺が馬車に向かって走り出すと――
「ヒヒッ、死ねえ!」
俺を獲物と見定めた賊が、剣を振りかぶりながら突っ込んできた。
「危ないマツナガ様っ! ここは私が!」
俺を守るように前に立つホリー。しかしホリーに守ってもらうまでもない。
「いえ、大丈夫ですよ」
俺は一言そう伝えると、駆け寄ってくる賊の足元に異空壁を展開した。それに引っかかり賊が豪快にコケる。
そして地面を舐めるように這いつくばった賊の真上に、異空間を開いた。
「『
『
「グギャッ!」
賊は叫び声を上げると、そのままガックリと意識を失った。これでもう邪魔する者はいない。
「マ、マツナガ様……あなたは一体……」
背中越しにホリーの声が聞こえたけれど、今は馬車へと向かうのが先だ。俺は足を緩めることなく馬車へと向かった。
◇◇◇
妙に静かな馬車周辺。護衛のみなさんの奮闘のお陰だろう、その周りには賊はいない。
ただ、馬車の中からは女性のすすり泣く声だけが微かに漏れ聞こえている。
「伊勢崎さんっ!」
俺が力いっぱい扉を開けると、涙で顔を濡らした伊勢崎さんが振り返る。彼女は無事のようだ。だが――
「ああっ、おじさまっ! レヴィ、レヴィが……!」
そう言って顔を向ける伊勢崎さんの視線の先には、座席に横たわるレヴィーリア様。その首筋からは鮮血が流れ続けており、上品なドレスを赤く染め上げていた。
足元には一本の矢が落ちている。どうやら馬車の壁を貫いて飛んできた矢が、不運なことに彼女の首筋をひどく傷つけたのだろう。
レヴィーリア様はすでに意識はなく、青白い顔でぐったりとしている。しかし口元を見れば、まだ
「大丈夫だよ、伊勢崎さん。ほら、俺の手を握って。やることがあるだろう?」
俺はなるべくやさしく伊勢崎さんに伝えると、彼女のひんやりと冷たい手を両手で握った。
「はっ、はい……!」
手を握り返してきた伊勢崎さんは、自分の袖で涙に濡れた目をゴシゴシと強く拭う。
そしてさっきまでとは違う
「お願い……『
その言葉と共にあふれる光がレヴィーリア様を包み込む。すると彼女の首筋から流れる血がぴたりと止まった。
やがて光に包まれたままのレヴィーリア様は、まつげを震わせながらゆっくりと
「レヴィ!」
「……わ、わたくしは――」
伊勢崎さんの声に、レヴィーリア様が弱々しく体を起こそうとする。
「まだ動いては駄目。じっとしていて!」
必死な声を上げる伊勢崎さんは、そのまま真剣な顔で回復魔法をかけ続ける。
「はい……わかりました。ふふ、温かい……」
回復魔法の光を感じているのか、安らかな顔を浮かべるレヴィーリア様。彼女は光を放つ伊勢崎さんの手のひらをじっと見つめると、
「……この温かさ、子供の頃の記憶にありますわ……。私、あの時、お姉さまにいいところを見せようと木に登って……」
レヴィーリア様の言葉に、伊勢崎さんが真剣な顔を崩して苦笑を浮かべる。
「そうね、レヴィ。あなたが急に木から落っこちたりするから、私すごくびっくりしたのよ?」
「ふふ……やっぱり、お姉さま……でしたのね。私……お姉さまに話したいことが、たくさんありますの……」
「私もよ。でも今はゆっくり休んでいて。いい子でしょ?」
「……わかりました。いい子にして……お休みしますわ……」
微笑みながら瞳を閉じたレヴィーリア様。そうしてゆっくりと座席に横たわった彼女の体を、伊勢崎さんがそっと支えたのだった。
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