46 馴れ初め話

 蹄と車輪、それからひっきりなしの話し声を聞きながら、俺は馬車の中で過ごしていた。


 会話の中心はやはりレヴィーリア様だ。そこから伊勢崎さんに話が振られるのがほとんどで、俺はたまに相槌を打つ程度。


 まあ俺は異世界初心者なので、あまりいろいろな話をするとボロが出てしまう。しかしその点、異世界歴の長い伊勢崎さんは簡単に話を合わせることができるのでとてもありがたかった。


 特にレヴィーリア様に俺たち夫婦(嘘)の馴れ初めを聞かれたときの、伊勢崎さんの活躍ぶりはすごかったよ。


 細かい設定を作っていなかった俺が答えあぐねているうちに、伊勢崎さんがスラスラと馴れ初めを作り上げていったのだ。


 伊勢崎さんによると、俺マツナガとイセザキさんはとある国とある町の幼馴染だったらしい。


 彼女は町の豪商の娘で、俺はその下で働く使用人。


 ふとしたことで知り合い仲を深めていく二人だったが、俺は彼女を妹としてしか見ていなかったそうなのだ。


 しかし日々美しく成長していくイセザキさんに、俺はいつの日にか一人の女性として彼女を見るようになったとのこと。だが俺はなんともヘタレなことに、年の差や身分の違いを気にして、その気持ちに蓋をしていたらしい。


 だがイセザキさんは初めて会ったときからすでに俺のことを一人の男をして見ていたそうで、彼女はあの手この手で俺の気を引いたそうである。


 そして気持ちを押さえきれなくなった俺は、ついに彼女に告白し、彼女はもちろんそれを承諾。


 そうして結ばれた二人は生まれ育った町から駆け落ちし、夫婦で行商を営み今は幸せに暮らしているとのことだ。――めでたし、めでたし。



 身振り手振りを加えて迫真の演技をする伊勢崎さん。俺がイセザキさんの手を引きながら町から出るラストシーンでは、レヴィーリア様も瞳を潤ませて拍手喝采だった。


 お互い本当にその気がないからこそ言える、設定に妙なリアリティがあるストーリーだった。さすが伊勢崎さんである。


 ちなみに俺はその間「うん」「そうだったね」「わかる」「懐かしいね」くらいしか言葉を発していない。



 そのような壮大なお話が終わり、お互い話し疲れたのだろうか。馬車の中も沈黙が支配することが多くなり、ようやく俺も外の景色を眺める余裕ができてきた。


 窓の外では馬に乗った騎士、それから冒険者たちがやや駆け足程度の速度で馬車についてきている姿が見える。


 かれこれ出発から数時間が経っているというのに、冒険者の顔にはまったく疲労は見えない。その中にはもちろんギータとシリルの姿もあった。


 レヴィーリア様が言うには、今回の護衛は冒険者ギルドでそのときに手が空いていた冒険者リストの中から、ランクが上の順にオファーをかけたのだそうだ。なので、まだ年若い彼らはあれでなかなかの実力者ということになる。


 そんな猛者のみなさん、そしてどこまでも広がっている草原と遠くに見える険しい山を眺めつつ、俺はさらに一時間ほど過ごし――



 代わり映えにしない景色に少々飽きてくると同時に、俺に睡魔が訪れたのだった。


 思い返せば、夕方に日本から異世界に跳んでから、行ったり来たりのなんやかんやで六時間以上は過ぎている。


 気が張っているうちは気にならなかったけれど、体内時計的にはもう寝る時間だ。


 もちろん時差ボケ対策のためにも寝るわけにはいかないのだけれど、腹が減っているのは少々つらい。お貴族様の馬車の中で間食してもいいのかな――


「キュクルルルルルゥ~」


 そんなことを考えていた時、馬車の中で何かの鳴き声のような音がした。


 音の出どころに顔を向けると、伊勢崎さんは普段と変わりない顔で窓の外の景色を眺めている。肩をプルプルと震わせて耳だけがとんでもなく赤いけど。


 それを見たレヴィーリア様は、ハッと思いついたように声を上げた。


「そ、そうですわ! そろそろお昼の時間ですわよね。ホリー!?」


「いえ、もう少し後になる予定です」


 御者台のメイドさんには例の音は聞こえていないようだ。その冷静な対応にレヴィーリア様が慌てて言い返す。


「わたくし、そろそろお腹が空いたようですわ! 少し予定を早めてもらってもいいかしら? いいでしょう!?」


「そういうことでしたら問題ありません。それでは――」


 御者台のメイドさんの返事と共に、馬車が緩やかに止まった。


 その間、伊勢崎さんはうつむいてぷるぷると震えるばかり。生理現象なんだし気にしないでいいんだけどね。年頃の女の子は大変だ。


 こうして予定より、ほんの少し早い昼休憩になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る