41 あいのり

「えっ、いや、レヴィーリア様のご公務に私たちがお付き合いするわけには――」


 などと言いながら手を振りほどこうとする伊勢崎さんだが、レヴィーリア様は離さない。


「いいえ、どうせ呼び出しなんてタダの嫌がらせですもの。それならせめて道中をあなたたちと楽しく過ごしたいわ! ねえお願い! 一緒にお茶をしましたし、わたくしたちもう友人ですよね?」


 なんとお茶を飲んだことで俺たちは友人に格上げされていたらしい。


「ですが私たちにも仕事がありますので――」


「もちろんあなたたちにも利益がありますのよ! 領都はここよりも商取引が厳しく制限されているの。ですが、わたくしの口利きがあれば商業ギルドを通して自由に商売をすることだって――」


「くううぅ旦那様ぁ……」


 レヴィーリア様にしがみつかれたまま、伊勢崎さんが泣き出しそうな顔で俺を見つめる。心底レヴィーリア様には弱いらしい。


 ここは旦那様としては助け舟を出すところなんだろうが、俺としては――


「レヴィーリア様、そういうことでしたら、ぜひともお供させてください」


「まあっ、ありがとうマツナガ!」

「おじっ、旦那様!?」


 笑みを咲かせるレヴィーリア様と、顔面ブルーレイの伊勢崎さん。ひとまず話を進めることにしよう。


「領都には一度行ってみたいと思っておりました。ただ、商売に関してはレイマール商会との取引で十分ですので、お気持ちだけで結構ですよ」


「ですが、それではあなたたちに利益が……」


「私たちはまだ領都には行ったことがございません。領都への道は険しく、私たちだけでは厳しいと感じていた次第なのです。ですからレヴィーリア様にご同伴できるだけでも、私たちからすれば大変な利益となるのです」


 せっかくの異世界だ。紛争地域に近いこの町だけではなく、もっと別の町へ行ってみたいと思っていた。それが領都――この領地の首都なら望外の幸いと言える。


 領都には異世界に跳んだときのように伊勢崎さんの記憶から『次元転移テレポート』できるか試したこともあったのだが、それは失敗に終わっていた。


 おそらくよっぽど強烈に印象に残った場所でないと転移ができないのだろう。伊勢崎さんは荒野で兵士の死に触れ、日本の道端でも死にかけた俺にショックを受けていた。


次元転移テレポート』ができないのなら、俺たちだけで領都へ行く場合は、馬車や護衛の確保は必須になる。


 その準備を考えるとなかなか面倒だなと思っていた矢先の、このレヴィーリア様からの提案はまさに千載一遇のチャンスといえた。


 なんといってもお貴族様の移動だ。護衛と馬車付きは間違いないだろう。安全快適な旅が約束されているのだ。乗るしかない、このビッグウェーブに。



 そういうことで、俺はレヴィーリア様と話を進め、翌日、町の門前に集合ということに決まった。


「私たちは旅の準備をしてきますので、お先に失礼します。それでは――」


「はい。それではまた明日。楽しみねイセザキ! うふふっ!」


「そ、そうですね。オホホ……」


 まだ顔を引きつらせている伊勢崎さんを連れ、俺はひとまず「エミーの宿」へと戻った。



 そこでようやく落ち着きを取り戻した伊勢崎さんに事情を説明すると、彼女は納得がいったように頷いた。


「――たしかに……私たちだけで移動するよりもよっぽど安全ですわね」


「うん、そういうことなんだ。でもね、伊勢崎さんがレヴィーリア様とどうしても会いたくないなら、君は急病だってことにして、俺だけで同行することにするから気にしないでいいよ」


 伊勢崎さんがレヴィーリア様に本人バレしたくないのはわかっている。なので無理に付き合ってもらう必要はないとも思っていた。俺だけの同行だと断られる可能性もあるが、それならそれで仕方ない。


 だが伊勢崎さんは信じられない物を見るように、目を見開きながら俺に詰め寄る。


「おっ、おじさまとレヴィが二人っきりで!? そんなうらやまけしからんのは絶対許さ――い、いえ! 私も全然OKですわ! レヴィの疑いも一度は晴らしましたし、彼女はなかなか純粋なところがありますから、もうきっと大丈夫です!」


「本当にいいのかい? もちろん伊勢崎さんがついてくれるなら助かるけど」


「ええ、問題ありません!」


 力強く宣言する伊勢崎さん。俺としても、ひとりでできるもん! と言ってはみたものの、もちろん伊勢崎さんの存在はありがたい。俺は密かに胸をなでおろした。


「それにこれはおじさまとの初めての旅行と言えるのでは……。ああ、そうですわ! いい、むしろいい……」


 なにやらぶつぶつ呟く伊勢崎さんだが、そうと決まればゆっくりもしていられない。さっそく行動に移ることにしよう。


「よし、それじゃあ旅に備えて一度日本に戻って準備をしようか。ただし制限時間は二時間しかないから急ごう」


 日本の二時間はこちらの二十時間。明日集合なので二時間以上は時間が取れない。


「たしかに長旅ともなれば準備も必要ですわね。さすがはおじさまです!」


「なにか買い物があるなら、俺の『次元転移テレポート』で町まで送るよ」


 前の会社周辺はそこそこいろんな店舗が立ち並んでいる。買い物をするにはちょうどいい場所だろう。



 そうして日本の衣服に着替え、俺たちは部屋の中央に立った。


 場所はどこがいいだろうか……ああ、そういえば昨日、ちょうどいい場所を見つけたな――


「『次元転移テレポート』」


 こうして俺と伊勢崎さんは、昨日相原と遭遇した薄暗い路地へと転移したのだった。

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